井の中の蛙

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先日、本場の四川の「火鍋」を食べる機会があった。

ココイチの5辛はまあ普通、蒙古タンメンの「北極」もいけると、辛いものは比較的強いと自負していたが、全く自分のふがいなさを思い知らされた。

予想はしていたが、出てきた直径60cmほどの鍋は、ラー油一色!

なみなみと注がれたラー油に何も加えず何も引かず、いさぎよい。さあ、喰えるものなら喰ってみろと、鍋が笑っているように見える。

 

これだけで、辛いのものが苦手の人は、戦意喪失。しかし、辛さ岡山県代表(非公認)。

最強の世界チャンピョンに立ち向かう若い挑戦の如く、サノスに立ち向かうアベンジャーズのように、やる気満々。

火をかけて、グツグツ煮込むと大分県の血の池地獄を彷彿させる。先制攻撃、沸き立つラー油のせいか、目が痛くなる。

沸騰した地獄鍋に、肉や魚貝類を入れて、更に待つこと約2分。

 

いよいよ勝負の時は来た。ラー油の濃さで底が見えない中、闇鍋の如く、具をすくってお椀に入れ、見事にオレンジ色に変わった牛肉らしきものを、ラー油の滴るまま喰らい付く。

「うえっ!辛い。ホントに辛い!」

この一口で舌の感覚が麻痺し、体温が上がり、涙が出て、セキこむ。

八角、山椒、唐辛子連合の強烈パンチ。これは、日本人がまだ得意とするからしやワサビの辛さとは全く違う。

そして、5秒後に口の中に第二の波が来た。水、水、水!

水も見事にラー油味。

日本代表(非公認)、体制を整えて、再度チャレンジ!肉片を口に、

「うえっ辛い!」身体が拒否しているように、咳が止まらない。

これは、想像をはるかに超えている。

もうギブアップ寸前。

水を流し込みながら、今までの戦い(と言っても一ラウンドが始まって数十秒)を振り返る。

ほとんど辛さ以外の味覚は、オフとなっている中、山中のソフトバンクの如く、わずかにつながっている程度のうまみセンサーが稼働して、かすかにうまい。

最初に言ったが、もともと辛いものは好きで、更に腹も減っている。

リングに戻り、牛肉以外にイカとか、鶏肉、豚など試すが、みごとに同じ味。カレーの中の具みたいなもの。

「では」と、体制を整えようと、口直しに野菜を鍋に入れる。春菊や菜っ葉類。オレンジの鍋に鮮やかな緑が加わって色的には、キレイ!

さあ、食べよう。

辛さを和らげるため春菊を口いっぱいに、ほうばった!

即死!

今まで人生で食べた食事が走馬灯のように思い出される。

その中でダントツ一位に辛い!辛いという表現では、例えようがない。「痛い」も通り越している。あえて表現するなら「危ない」

(後で聞いたが、青野菜類は、ラー油スープがしみこむので肉の何倍も辛くなる)

一瞬で口から出したが、口の中だけではなく、頭からつま先まで辛さウイルスが一瞬で広がった感じ。

涙が止まらず、セキも止まらず、薄れゆく記憶の中で、周りを見ると中国人らしき家族の小学校低学年くらいの子供が、地獄鍋を表情一つ変えずに食べている。

「ああ、いままで、自分はなんて奢っていたのだろう。」

自分が、辛さに強いと思っていたのを速攻で取り消します。自分は本当に「井の中の蛙」でした。反省します!!

 

本場火鍋を食べて良かった!人に乗せられたり、褒められたりして、調子に乗った時には、本場の火鍋を食おう!そして自分の奢りを洗い流そう!人生の新たな師に出会った気がした。

 

今回の教訓「「つらい」と「からい」は、同じ漢字で「辛い」である。人生は、大変つらい時も、大変からい時も、同じように大きな学びがある。」

 

おまけ1 先日 ZOZOがヤフーに買収され前澤社長が2400億円ほど手にするというニュースが、日本中を駆け巡った時。飲んでいた友人らと考えた2400億円の価値。

この答えでその人の価値観が分かる。「あなたは、2400億円もらえるとしたら、あなたの大切な物、どこまで、何を捨てられますか?」

 

おまけ2

「凪のお暇」見ています。いい人、合わせる人がしわ寄せをくらうシーン続出で、非常に辛い。幸せに対する価値観、プライスレスとは?を毎回、考えさせらされる。

それにしても、黒木華は、上手い!「重版出来」でも激しく上手いと感心したが、めちゃくちゃ抑えた演技で、存在感が凄い。スーツで言うと無地の紺色で一件地味ながら、スーパー140という超繊細な糸で、何物にも負けない存在感を放っているよう!

大仏 シャンシャン

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知人が、「癒やされるぅ」と言って、よくシャンシャンの動画を送ってくれる。最初は何気なく見ていたが、何度か見ているうちにホント「癒やされるぅ」

 

シャンシャンの魅力は、なんといっても幼児とおっさんの両面を持っている事!

小さい時にシンシン(母親)の後を常に離れず、トコトコと愛らしく追いかけたり、飼育員の人の足に両手でしがみついて離そうとしないしぐさは、まさに幼児。かわいいの一言!

一方、最近の木に寄りかかりデーンと座する姿は、浴衣姿で座椅子に腰かけて、ナイター中継を見ている昭和のオヤジそのもの。もしくは、相撲部屋の親方。貫禄十分、ごっつさんです!

食事の姿も、笹の枝をわしづかみにして、満足するまで食べ続ける。その姿を見ていると幼稚園児が棒飴をしゃぶっているようにも見えるし、おっさんがするめに噛みちぎっているようにも見える。シャンシャンの片方の手にワンカップの酒がないのが物足らないくらいである(笑)

寝ている姿も天下泰平。面白いのは、幼児が鉄棒の前回りの途中で、おなかを鉄棒に掛けたように身体を2つ折りにして寝る。落っこちないかと見ている我々がハラハラするが、本人は無防備、無頓着。その姿は熟睡している赤ん坊だし、酔っぱらいオヤジが、着替えもせずにそのまま死んだように眠る姿に似ている。

 

話は、全く変わるが「般若心境」というものがある。一時、写経会等でブームとなったあれである。文字数260時余りのおそらく最少文字数の経典の一つ。

ルーツは、かの有名な西遊記の三蔵法師がインドから持ち帰ったありがたい経典と言われている。

この基本的な教えは、「色即是空 空疎是色」

超訳すれば「世の中には、絶対や永遠といったものはない。だから物事に固執するのは、愚かな事。世の中の形あるものは、実体のないものであり、逆に実体のないものにこそ本質がある。」といった意味だそうだ。

 

さらに本文を読み解くと

(我々みんな)赤ちゃんの頃

見える世界は、光り輝いていた。

花々や風の流れを楽しみ、そして口に入れるものは全てが美味だった。

夜は、死んだように眠り、朝起きると日々新しい人生や発見に感動した。

しかし、大人になるにつれ

多くの悩みを持ち、恐れ、不安、後悔に震えながら、現実に目を背けている。

しかし、目を見開き周りをみた時に、結局恐れるものは何もなかった事にきづく。

見えないものに怯えていたのは、利害、妄想、憎しみ、金などに惑わされた結果であり、

損得、勝ち負け、焦り、くだらない自尊心で判断していたからである。

その一切合切捨てた時に、人々は自由になれる。そして真の人になれる

 

と、書かれている(超訳をさらに「治山流」に、解釈しているので誤訳もあると思いますが)と読んだあと、はたと気づいた。

 

これってシャンシャンの生き方じゃないか!

堂々として、誰も恐れず、何も気にせず、眠たい時に寝て、起きたい時の起き、腹がへれば、一杯になるまでササを食べ続ける。決して慌てず、急がない。

 

夜は、死んだように眠り、朝起きると日々新しい人生や発見に感動した。

しかし、大人になるにつれ多くの悩みを持ち、恐れ、不安、後悔に震えながら、現実に目を背けている。

しかし、目を見開き周りをみた時に、結局恐れるものは何もなかった事にきづく。

見えないものに怯えていたのは、利害、妄想、憎しみ、金などに惑わされた結果であり、

損得、勝ち負け、焦り、くだらない自尊心で判断していたからである。

その一切合切捨てた時に、人々は自由になれる。そして真の人になれる

 

見える世界は、光り輝いて、

花々や風の流れを楽しみ、そして口に入れるものは全てが美味だった。

夜は死んだように眠り、朝起きると日々新しい人生や驚きに感動した。

悩みのなければ、恐れ、不安、後悔もない。

利害、妄想、憎しみ、金などにどこ吹く風である。

あるいは、損得、勝ち負け、焦り、くだらない自尊心もない。

自由に生きる。本当に生きる。

 

だから、我々を含め日本の全員が、彼のしぐさに癒やされるのかもしれない

シャンシャンは、この閉塞的な日本、世界をいやすために生まれた、大仏かもしれない。

日本にいるのも、残り1年くらいと聞く。一度日本にいる間に、シャンシャン巡礼をしたいものである。

 

おまけ1

日本に最初にパンダを持ってきたのも、モナ・リザを持ってきたのも田中角栄である。どこまで凄いんだ、この人は!

 

おまけ2

飛行機で、寝ていて着陸間際に目が覚めて、隣を何気に見ると若い女性がこっちを見て、満面の笑みで見ていた。なんで僕の顔を見て笑う?おもわず背筋が凍った。よく見ると耳にイヤホン。なにか面白い音楽でも聴いていたのであろうか?

 

今回の学び「白でもなく黒でもない、両方備わっているからパンダ、世の中もおなじなんだなぁ」「空気なんか読めない。空気には、文字もなければ、文字もない。見えない物を見ようとするから疲れる。力を抜いて空気を身体に取り込むのが正解」

決断3 30年ぶりの再会

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先日、以前いた会社の同期会があった。平成元年入社なので今年で30年、つまり30周年記念同期会であった。

30年前に、この会社で働こうと同じ「決断」をしたメンバーである。

 

9割ほどのメンバーが集まり、(まさに奇跡的)この上なく盛り上がった。

商社だけに、海外の同期からのビデオレターも、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、中東と、まるで全世界中継のように、各国から届いた。

 

幹事たちが忙しい仕事時間を削って、さまざまな志向を凝らして、懐かしく、そして商社らしく少し下品な(笑)イベントで爆笑し、沸いた。

1次会、2次会、3次会・・といくら時間があっても、尽きない話で誰も帰りたくない、帰ろうとしない贅沢な時間を過ごすことが出来た。

 

実際、僕がこの会社に在籍したのは、5年間のみ。そのうち3年が海外なので実質的に、同期とは、2年しか時間を共にしていない。ましてや大阪と東京のダブル本社だったので、数回しか会ったことがない者もいる。

しかし幾多の研修や、寮生活で24時間苦楽を共にして、ほぼ全員が心から許しあえる友だった。何十年かぶりに会っても、全く変わらずお互いくだらない冗談を交えて、肩をたたきあえる。

当時の全ての思い出が年を経た分だけ、熟成ワインのように、より深く甘く、まろやかになった気がする。

 

30年間、会っていない間に、彼らも数多くの「決断」をしてきたのだろう。楽しい「決断」も辛い「決断」もあったと思う。その分だけ前進し、経験も年齢も、体重やしわが増え、そして人間としての深みが増した。

 

何十年かぶりに再会した友と交友を深めながら、本当にこの会社で働こうという「決断」をして良かった、このメンバーと出会えて良かった。

 

「決断」は、すぐに結果が出るものと、長い時間を経て、評価が決まるものがある。

彼らと再会して、そう思った。

 

おまけ:「同窓会でありがちな、昔の面影がみじんもない同期がいた。超絶太り。やつは、物資が少ない最貧国駐在が長かったはず、その国で何を食べていたんだろう?」。

先日来日していたトランプ大統領は、やはり凄いと言わざるを得ない。

何が凄いかというと賛否はともかく、彼は、とにかく「決断」の天才であろう。

TPPの脱退から始まり、中国との貿易戦争、イスラエルの首都移転、北朝鮮・イラン対応など、周り予想と全く反対の事でも平気で決断し、実行していく。

これは前回のブログ的に言うと、(彼自身も含めて)誰もやった事がない事ばかりか、アドバイス出来る人もいない。まさに彼だけで「決断」していると思う。これだけでも凄いが、さらに、とても真似できないと思うのが、人が絡んだ時である。

 

これも前回のブログ的に言うと、右脳系(感覚、感情)は、相手の気持ちを考えたり、風評を気にしていたら判断が鈍り、遅れる。

しかし、彼は躊躇なく「決断」する。

官僚の首のすげ替えも、周囲や相手の感情は意に返さず、圧倒的なスピードで断行する。

国境付近の移民問題の報道でも、悲惨な家族も映し出される。多くの子供たちを抱えて、非常に生存環境の厳しい国から逃れて助けを求めている人たちでさえ、一切考慮しない。

 

圧倒的にドライである。暴君的でもある。これがマスコミの格好の餌食となっている。

しかし、彼は怯まない。強い。

 

日本においても歴史的に偉人とされた人たちは、やはりこの強さを持っていた。

織田信長、秀吉は元より、情に厚いとされた人たちも、(例えば、西郷隆盛、武田信玄、大石内蔵助、渋沢栄一など)「決断」においては強さを持っていた。

 

振り返るに、僕自身まだまだ情に施されて、タイミングを逸する場面もあった。

トランプ大統領を見ながら、新時代は、自分自身を高めて、任された会社を盛り上げていくために、この強さ、この「決断」力を高める必要があると思う今日この頃である。

 

おまけ:ニュースで「中国で世界初の真っ白なパンダが見つかる!」よく見てみたら、白熊そっくり!フェイクニュース?

 

今日の学び:手持ちのトランプで「ドライ」というカードを持っていれば、それは最強の切り札となりえる。

決断について

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「生きる事」とは、「決断する事」である。

我々は「決断」を繰り返しながら生きている。そして前進している。

それは、結婚や就職といった、特段大きな「決断」だけではなく、例えば昼飯は何を食べようか、誰と食べようか?とか、今日はどのスーツを着ようか?会社に着いたらどの仕事から手を付けようか?というのも「決断」である。

 

同様に「経営」とは「決断」である。

これが個人の場合と比べて難しいのは、その「決断」の影響力が自分のみならず、回りに多大な影響を与えるからである。

だから経営者は悩む。

 

以前ブログに書いたドラマ「陸王」のこはぜ屋の社長もチャーチルも大いに悩んだ。

一方、「決断」出来なかったり先送りする経営者は、大変厄介というより、失格であると思っている。なぜならば、全てが止まるからである。

 

案件で、右脳(感覚・勘定)で「決断」する場合と左脳(理論)で「決断」する場合でどちらが難しいとかと言えば、圧倒的に右脳系である。

左脳系の分析による「決断」は、経営者レベルの決断でも将来AIに取って代わられると思う。一方右脳系の「決断」は、シンギュラリティを待たなければ機械では出来ない。

 

「決断」するための材料が多いと結論を出しやすいかと言えば、そうでもない。

これは、やたらメニューが多い昼の定食屋で迷うのと同様である。

現代社会で厄介なのは、情報量が質量共に多すぎる事、それがいとも簡単に手に入る事である。

 

では本当に迷った時どうすればいいのか?

それは、信頼する人に聞くことである。さらに、その人が、過去に同様の経験をしていると答えは早い。ベストは、自らが同様の体験を持つこと。これで「決断」が容易に、スピーディーになる。

経験豊かな経営者が、優れた「決断」をするのはこれである。我々も多くの経験を積み、優れた「決断」が出来る力を持ちたいと思う。

 

これで、終わるときれいなのだが、この問題はまだ終わらない。

ただし、時には、過去の経験(成功体験)が、改革に対する「決断」を鈍らせたり、間違った「決断」をする事もよくある。

うーん、どうすればいいか「決断」するのに、また悩む(苦笑)

 

今回 教科書的になったので、面白くない。次回以降もう少し具体的に話します。

 

おまけ1:令和の年号を決める時、見識者たちは本当に悩んだと思う。

令和の音は、「ヘイワ」に似ている。これも狙いでこの名前を付けたのであれば、そのセンスに脱帽!

 

おまけ2:令和で言葉遊びをしていて、上に「く」をつけてみた。「くれいわ」(暗れいわ!)

「つ」をつけると「辛れいわ!」とネガティブばかりになる。一番「重い」言葉をつけた時「重れいわ」=「面れいわ!」と明るくなった!

 

今回の学び:社長に就任した人に何を贈ればいいか迷ったら、迷わず「サイコロ」を送ろう。必ず喜ばれるはずである。

「平成最後のブログ」

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平成元年 大学を出て、商社に入社した。

世の中はバブルの真っただ中。狂乱が永遠に続くと思った。

当時20代前半。夢と希望がマックス。自分がおじさんになるとは夢にも思わなかった。

 

平成も始まったばかり。終わりの日など想像すらしなかった。

 

でも、バブルは入社3年目くらいで終わり、自分では今もまだおじさんだとは思っていないが(この世代は往生際が悪い(苦笑))白髪が目立ち、平成も終わる。

 

仰げば尊し、我が平成の恩。

幾多の天変地異があり、テロはいまだに続き、経済的には何度も崩壊、多くの修羅場もあった。

しかし、振り返ってみれば、おもしろく、良い時代だったと思う。

 

平成を振り返ろうとした時、

ふと大学の卒業の日を思い出した。昭和最後の年である。

大学4年間、田舎から上京し、見るもの聞くものすべてが刺激だらけ、何かしていないともったいないという気持ちが先行して、寝る間も惜しんで動き回った。

無駄に過ごした日もあったけど、当の本人はそんな事はみじんも思わず一日一日が120%の連続だった。

そして卒業式の日、やる事はやった!という充実感と、本当にあっという間だったな!と、友人との大学最後の飲み会で感慨に更けた。(BGMは、YaYa,あの時代を忘れない。)

 

今、大学時代を思い出すと様々な思い出が、ハイライトだけ果汁100%ジュースのように濃く濃縮される。続く社会人の時代も同様に、蒸留を重ねたウォッカのようだ。

そして、その2つが混ざり合って、ソルティドックのように、甘く塩辛い。

 

今日平成最後の日、平成に乾杯しよう!

ソルティドッグを飲みながら。

酒のつまみは、思い出だ。ミックスナッツやチョコのように、いろんな形、色とりどりの場面が甦る。その場面には、必ず人がいて、音楽があり、そして当時の空気がよみがえる。

鳥肌が立ち、赤面もし、そして口元が緩む。

時代に感謝し、そして全員に感謝し、カクテルを飲み干そう。

やっぱり、良い時代だったなぁ。

BGMは迷った。「乾杯」あるいは「SWEET MEMORIES」「夏の終わりのハーモニー」「Honesty 」「エンドレス・ラブ」「If we Hold on Together」「J.boy」「NO SIDE」「ボヘミアン・ラプソディ」選べない)

 

うーん、このカクテルとつまみは、下手をすると2日酔いになる気もするので、明日に尾を引かないように飲もう。

 

今回の学び「人は皆死ぬ、ならば目指すべきは、永遠に生きる事ではない、永遠に残るものを作る事だ。」(チャック・パラニューク)

 

おまけ

平成時代、CMで小倉優子さんに8年間お世話になった。

そして令和の5月から、小倉さんの10数年ぶりの復活の新CMが出ている。とても素敵です。時代は繰り返す。

「令和の祈り」

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あと少しで平成も終わる。

 

最後の最後でいろいろと「平成」で遊ばせてもらった。

今年の年賀状では、「もう少しで「平静」ではいられなくなります!新しいチャレンジを!」と書いた。

 

41日、新入社員を前に入社式後の懇親会の壇上で(「令和」発表の少し前に)

「実は、ここだけの話ですが、新年号を、あるルートから特別に教えてもらいました。それがこれです!」と発表した。

「希望」

(習字で書いたものを披露した。)

あまり受けなかったが、反応を見てから、

「今日は何の日か知っていますか?エイプリールフールです!」と前置きして、

「どんな時代になっても、「希望」を胸に頑張って下さい。」と繋げた。

もちろん「希望」という予想は外れたが、チベット語の発音で「令和(レイワ)」が「希望」を表すと聞いて、驚いた!

 

「昭和」の終わりと比較すると、世の中は「平成」を深く振り返ることなく終わろうとしている。

平成最後の日でさえ、民放では、夕方のニュースの延長以外は、ほぼ特集は組まれずバラエティ、ドラマなどがいつも通りの編成で流された。

ほとんどの人は、新時代の幕開けというより、自分自身のGW10連休をどう過ごすかに関心を寄せているようだ。

僕自身も、平成最後の日、いつも通りに出勤し、いつも通りに仕事をこなす。

 

今は、そういう時代なのだろうと思う。

明治、大正、昭和、平成、令和と時代が進むにつれ、国の事より個人の比率が高くなっていく。

これはそのまま、「地域と個人」、「集団と個人」、「会社と個人」に置き換えられる。

「国家のため」から、「(会社のための)モーレツ社員」、「24時間戦えますか?」、そして「(自分のための)働き方改革へ」と。

 

今では当たり前となっているものだが、平成の初期にはほとんどなかったPC、携帯、スマホ。

平成の時代、インターネット、SNSなどコミュニケーション手段は増えたが、逆に人はどんどん孤独になっていった。

孤独になることが不安で、SNSにつながりを求めた。しかし、相手のルールより自分のルールを優先しがちで、深く入り込めず表面的なつながりで終わる。今は、そんな時代。

 

うーん、めでたい新時代の幕開けとして、なんとも暗い話になったが、締めくくりとして、先日テレビで聞いた話を。

 

「令和」の基になった万葉集の時代。人々は「言霊」を非常に重んじていた。

言葉を発することで、それが呪文のように現実になると信じていた。

人々は様々な思いを込めて、和歌を作り、願った。

 

現代社会でも、言霊を信じる習慣は残っている。結婚式では、「別れる」とか「離れる」という言葉を避け、受験生にも「落ちる」という言葉を使わないようにする。

 

改めて「令和」の意味を考えると

「令」とは、規律・ルールであり、「和」とは、人と仲良くする事、協力する事である

人々が「令和」を口にする事により、言霊の力で、みんな仲良くなり、そして、自己のルールと同様に社会のルールを重んじる時代になるように祈るばかりである!

いい時代になるといいね!


おまけ

サントリーのBOSS430日のみ流される1日限りのCMは、本当に泣ける。ネットでも見て下さい!!


今回の学び「号令だけでは、会社は変わらない。年号だけでも、時代は変わらない。必要なのは、行動である。」

若きイチロー、岡村たちへ

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先日、イチローが28年の現役生活にピリオドを打った。

一方、昨年 フジテレビの人気番組「めちゃイケ」が22年の歴史に幕を閉じた。

(「めちゃイケ」が「ひょうきん族」の、実質あと番組だという事にも驚いたが)

 

イチローと岡村は多くの面で共通点があると思う。

僕が感じるに、二人とも並外れた運動神経、圧倒的に照れ屋(それを隠すために極端なふるまいもする。)、そして責任感の強さなどあるが、二人の一番の共通点は、「ストイックさ」であると思う。

 

翌日のテレビでイチローの元チームメイトであり、親友の長谷川投手が言っていたが、

「(あえて言うと)イチローは天才ではありません、圧倒的な努力家です。」と。

天才でない人が、常に天才の期待をかけられ、それに応えるべく血を吐くような努力を28年間続けた人だと。

イチローの引退会見の言葉がそれを裏付ける。

「楽しかったのは、レギュラーになるまでの2年間だけで、後は苦しかった。いきなり番付を上げられて、その過剰な期待に応えるために苦悩し続けた。」と。

 

岡村も、「めちゃイケ」の最終回で語っていた。

22年間、毎週収録日の火、水曜日、ベイブリッジを超えてお台場(フジテレビ)に行くのが本当に嫌だった!」

20代で番組の顔となり、毎週"よりおもろい番組"を"より高い視聴率"をと、並々ならぬプレッシャーがあったであろう。

 

イチローで、多くの人が一番に思い出す第二回WBCの韓国との決勝戦でのセンター前ヒットのシーン。それまで、イチローは不振に喘いでいて、責任感からシリーズ中、胃に穴が開き血を吐いたという。

岡村も、絶頂期、プレッシャーからか3か月ほどテレビから姿を消した。

 

両名とも、いつも楽しそうにプレーや番組に出演しているように見えた。しかし、実際はそれとは大きく違っていた。

20年以上、期待された以上の結果を出し続けた彼らと羽生九段の言葉が重なる「才能とは、情熱や努力を継続できる力である。」

さらにこう続く。

「続けることなど誰でも出来ると思うでしょうが、実はこれが最も難しいのです。」

 

この4月も日本全国で多くの新入社員が生まれ、当社でも多くの仲間が入社してくれる。

 

若いイチロー、岡村達よ。彼らに続こう!

4月からは、誰もが、やったことない事、イメージと違う事にもがき、そして感じたことのないプレッシャーも経験すると思う。

だけども、それを超えてところに感動がある。

まず、続けてみよう。20年とは言わない。自分が納得できるまで、一つの山を登りきるまで続けてみよう。

山に登ると、違う景色が見えてくる。頂上から、自分の努力した道を見ると、一つ一つの積み重ねが長い道のりになることを知るだろう。そして少しだけ自分を誇らしく思える。

これは、山に登ったものしか分からない。

さあ、今日からはるやまを登ろう(笑)

 

イチロー、岡村と同じにはなれない。同じでなくてもいい、だけども歩き続ければ、数年後、数十年後には、それぞれのイチロー、岡村とみられる日は必ず来る。

未来は自分たちで作る。今日から歩き出そう!!

 

今回の学び「桃栗三年、柿八年、イチロー・岡村二十年」

 

おまけ:

イチローの引退会見、短い言葉が彼のすべてを語っているように思う。

(引退してもなお)たぶん、明日もトレーニングしていますよ。」

ああストイックだ!

HE HAS GONE.(ヒズ ゴーン)

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2度ほど、ゴーン氏には会ったことがある。会ったというより見たという事の方が正しい。

岡山に講演に来た際、それに参加した。

彼の癖は、話す直前にスーツの両エリを引っ張り、襟が首にきちんと収まっているのを確認してからしゃべることである。フランス育ちだからか、おしゃれに大変気をつかっていた印象がある。

 

彼の最初の来岡(山)は、かれこれ15年前、日産をV字復活させた直後。

社長になりたてだった僕は、ここぞとばかり、質問し、それに丁寧に答えてくれた事を思いだす。

2度目は昨年、三菱自動車を吸収した時。今後の方向性を簡潔に分かりやすく説明し、またスタッフに明るい未来をイメージさせて、モチベートする姿に「変わっていないな」と感じた。

しかし、このころすでに15年前の彼とは、いろんな意味で大きな変化が起きていたのだと思う。

どこで感覚が狂ってしまったのかは、今後の捜査を待つとして・・。

 

今回の事件で感じたことは、経営者は本当に難しいという事。

何が難しいかと言えば、自分を制する事。

人間は弱い。経営者も一人の人間としてその弱さはある。やすきに流れる。

性善説でも性悪説でもなく。性弱説と思う。

 

経営は決断であるというで、日々いろんなビジネス上の決断がある。

と同時に、誘惑に対する決断も多い。

自分である程度なんでも決められる立場になると、余計その弱さ、誘惑との戦いになる。

 

誘惑は、非常に多い。

もちろん違法な事は、普通の経営者は絶対しないが、問題なのは、もっと日常的で些細な事。

例えば、僕自身、毎週店を回る。別に回らなくて誰にも、とがめられない。大抵休みに回るため、むしろ、「社長たまには休んで下さいよ」と言われる。

「でも、やはり現場に常に接してないと、現場のスタッフやお客様から感覚がずれてくる。」という自分自身の勝手な理由で、毎週の店回りを課している。

これも、心の誘惑魔の「今日はもういいんじゃない」という声との戦いである。

 

同様に自らのスケジュール、報酬、人事もやりたい放題とは言わないが、大きな裁量はある。

その決定において重要なのは自分個人に有利に考えない事である。

 

何年も前に経営者仲間とまじめに(今やはやりの)西郷ドンの「南洲翁遺訓」を勉強した。寺子屋のように、原文を唱和しその意味を考え、自分たちの経営に当てはめ、議論すると、いったことを、半年位かけて全文やった。

(その前は「論語と算盤」渋沢栄一著。なんとも高尚な会なことか!)実際はその後の飲みが目的だったことも否定しないが。

 

ご存知の方も多いと思うが、「南洲翁遺訓」での最大の価値観は、「リーダーは、いささかでも私利私欲があってはならない。」こと。

その時、みんなが思ったのは、「経営者は修行僧のように、全ての欲を捨てないといけないのか。徹底的に自分を利することを排除する?これは無理だわ!」

我々は、まだ若く、枯れていなかった。(今でも枯れてないが)そこでの我々の結論は、「全ての欲は捨てられない。であるならば、利己以上に利他を考えよう。自分を愛すると同様の気持ちで他人が利する事を実行しよう。」

 

利己を否定して修行僧のような生活を送るより、社員やお客様、取引先、その他のステークホルダーに感謝して、特にスタッフの利他を考えて働くことが大切だと。

正直、これもなかなか難しいけれど、それ以来、我々は少しずつだが実行している。

 

ゴーン氏は、出だしに書いた通り、着こなしと同様、自分が人にどう見られるか気にしていたと思う。自分を愛するがごとく、社員を愛して、一年に数回しかいかない別荘なんか作らず、そのお金を彼らに還元していたら違う事になっていたんだろうなぁと残念である。

 

最後に(我々が無理だ!言った)「南洲翁遺訓」を100%実行した経営者は、誰もいないのか?

いや、一人知っている。

それは土光さんだ!彼の生き方は真似できないけれど、一歩でも近づきたい偉人である。

 

今回の教訓「土光さんは、やっぱり偉い!」

PSマンを知っていますか?

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PSマンを知っていますか

知らない人は、すぐにインスタで検索を![PSマンインスタグラムID psman_official]

これを知らないと大変なことになります!どう大変なことになるかと言えば・・・。

 

このブログが、つまらなくなります(苦笑)


PSマンは、世の中のビジネスパーソンを元気にしたいという思いから生まれました。

何をしているかと言えば、「その日、元気になるような言葉」をほぼ毎日インスタに投稿しいます!

 

それにしても、言霊。言葉の力はすごいですね!たった一つの言葉が、世界を動かしたことも多い。

チャーチルが国民に呼びかけた言葉「We shall never surrender」 我々は決して屈しない

――この一言が、ナチスから世界を救った。

 

ガガーリン「地球は青かった」

JF・ケネディ 「1960年代の終わりまでに月に人間を送り込む」

――この一言で、人類が宇宙に行くことが夢ではなくなった。

 

マーチン・ルーサー・キング「I have a dream」私には夢がある。

――この一言で、差別撤退への第一歩が始まった。

 

福沢諭吉 「一身独立して一国独立す」

――この一言で、日本が世界と並びえる国となった。

 

マザー・テレサ「愛の反対は、憎しみではなく無関心です」

――この一言で、世界が少しだけやさしくなりました。

 

PSマンはそんな、言葉、言霊を発信しています!

見た目だけだはなく、心も身体も元気になってほしいという願いを込めて。

 

先日、ある人に言われました。

「おみくじは神様の言葉、たとえ凶でも吉になる。」

僕はいままで、おみくじイコール「くじ」、

「大吉」が出れば当たり!「小吉」「末吉」は、はずれ、「吉」「中吉」なら何とか。

という感じでした。中身もほとんど読まずに木にくくり付ける。

しかし、その人は「おみくじは、その時々にくださる神様のアドバイス、たとえ凶でもその言葉をきちんと受け止めて、素直に行動すればやがては吉になる」と凶のおみくじでも手帳に挟んでは、ときどき取り出して、自分を戒めているとの事。

それを聞いてから、僕もおみくじを持って読み返しています。

 

ちなみに今年の初詣の言葉は「欲をはなれて人のために尽くせば、万事うまくいく(大吉)」と。

まさに神様お見通し!欲を捨てなければ(笑)

 

さてPSマンに戻ると、今元気になる言葉満載発信!

そして今後は、もっともっとアクティブに動いていきます。PSマンの今後の活躍に乞うご期待!

 

今月の学び「世知辛い世の中で必要な事。 ポジティブ&スマイル 略してPS!」

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はじめまして! 治山です。 今回から、ブログというものに挑戦します。 「をとこ(男)もす(る)という日記というものを、社長もして心みむとて、するなり。」というか、 「つれづれなるままに・・。」という心情でしょうか。

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