震災10年目に思う事

user-pic
0

今年も3月11日が来た。そして全スタッフで黙とうを捧げた。

もう10年も過ぎた。

驚いたことに黙とうをしている若いスタッフの中には、震災の悲劇を自分事として捉えられない人たちがいる。


10年前の震災で、我々の店も直接被害は40店舗に上り、社員、ご家族で命を落とされた方もいる。

10年前は、全員が自分事であった。ご遺体の捜索を自ら申し出たり、被災地に直接救援に向かった社員も多くいた。義援金は元より、何か出来る事はないかを日々全スタッフが考え実行した。

しかし、10年経った今。それは「記憶」ではなく「記録」として知り、捉えるスタッフも増えた。

だが、改めて考えるとそれは、無理もない事でもあると思う。

10年前、子供であったり海外や国内で直接被害が少ない地域にいた人もいる。

 

それが時間が経つという事かと思った。

強引だが、我々の世代で太平洋戦争の悲劇を自分事として考える人は少ない。昭和の時代の人も西南戦争や戊辰戦争について深く心を痛める人は少ないと思う。

それが、時間が経つという事だ。

 

我々は、いかなる国家的な悲劇も、時間と共にそれに対する感情は薄れていき、やがて歴史としてしか考えなくなる・・・。

これで終わり?

 

いや違う!

我々は悲劇に遭遇するたびに学び、後の世を良くするために役立ててきた。

西南戦争、戊辰戦争で同じ国の人たちが戦う事の愚かさを知り、それ以降は一つの国として歩んできた。太平洋戦争も戦争の悲惨さを知り、70年以上をこの悲劇を繰り返さないように努力してきた。

そして、東日本大震災においても人々の絆の大切さを知り、また津波対策、地震対策、そして原発対策など、少しずつ進化してきたいと思う。

それが、この震災で犠牲になった方々への一つの供養であり、さらに残された我々が「良く生きる事」も犠牲者との約束と思う。

 

コロナ戦争もいつかは終わる。

そして、今の日々の困難、苦労も時間と共に記憶から薄れて行くと思う。

でも、何か学ぼう!

10年後、20年後のさらにいい社会を作るために、コロナの教訓を活かす事。マイナスをプラスに変える事を考えて行こうと思う。

 

今回の学び「失ったものは二度と戻らないが、失う事により得るものがある。」


「鬼滅の刃が売れた理由」

user-pic
0

白状します。

私、鬼滅の刃のファンです。

元祖鬼退治の県、岡山出身としては避けて通るわけにはいきません!

(そういえば、子供の頃「桃太郎侍」もファンだったような気がする() そして、ずっと後に高橋英樹さんが当社のキャラクターとして活躍して頂く事に・・。ご縁だな。)

12月発売の最終巻を読み、完全読破。泣けました!

映画も「千と千尋の神隠し」や「タイタニック」を抜いて、史上一位の興行収益は間違いないと言われている。

まさに日本中「鬼滅」一色。

確かに、鬼滅の刃は、ストーリーとしても素晴らしいし絵も親しみやすい。23巻で終わりというのも読みやすい。(50巻も60巻も続くと最初から読もうと思う事に躊躇する)

さらに過去、ドラゴンボール、ナルト、ワンピース、スラムダンクなど、数々の1億冊突破のヒット作を生み出した集英社のプロモーション力もあり、大ヒットしたのだと思う。(実際こう書いてみると、1億冊越えのほとんどは、集英社からだから驚く!)

しかし果たしてこれだけで、史上空前の大ヒットになるのか?と単純に疑問が残る。

僕の好きな「鋼の錬金術師」や「銀魂」もここまではいかなかったと思う。


ブームとは時代が大きく後押しをしないと、到底難しいと思う。

そういった目線で鬼滅ブームの背景を少し考えてみた。ただし、あくまで独断かつ戯言です。仲間内の小ネタとして少し役立てれば、幸甚です。


1.映画のヒットは、メガヒットの必須条件を備えている。

つまり上位3つとも「自分の命を懸けて、愛する人を救う!」という設定になっている。これは「カサブランカ」の昔からメガヒット条件である。

もちろん鬼滅も炭次郎を始め、映画では煉獄さんなど主役級、柱たちが自らを犠牲に愛する人を守っているという設定。

2.物理的には、コロナ禍でディズニー系やアベンジャーズ系の配給もなく、公開本数自体も圧倒的に少ない中で、従来では考えられないような数の映画館がこの鬼滅の上映を行ったため短期間で50億、100億越えで勢いがついた。

3.コロナの中、家での家族との時間が増え「家族愛」というモチーフが従来よりリアリティを持って身近に感じられた。

4.コロナという見えない敵、そして誰が感染してもおかしくない今日と鬼滅の時代を重ねて、その中で必死に敵と戦っている姿に自分を重ね。そして最後は敵に打ち勝つというその結末に共感したのでは。

5.コロナ禍で閉塞感が続く中、ストレス解消・発散用にスカッと感情を大きく揺さぶれるものを求めていた。

6.コロナ禍の中、自分の時間をより長く持つことが出来た結果、話題になっている鬼滅を読む時間が生まれた。また読み始めるには、丁度いい長さであり、分かりやすさもあった。

7.日本人が本来持っている「思いやりの心」、「和の心」「勧善懲悪」といったDNA的な価値観に違和感なくマッチしたのでは。

8.世代間の分断が大きくなっている中、世代を超えたコニュニケーションのネタを求めていた時に、誰もが共通して話題に出来るコンテンツが受けた。実際会社でも鬼滅という話題から上司と若い部下のコニュニケーションが生まれたようである。

9.コロナ禍で、学校が休みの中、手を取る子供も多かった

10.     親としても、ゲームよりもこの本は勧めやすいと感じたのでは。本来、童話や道徳の基本観念。「家族を大切にしよう」「友達をいたわり信頼しよう」「困難にも負けずに常に前に進もう」などを、分かりやすく教えてくれる。

 

とまあ、考えればいくらでもこじつけは出来るが、そんな左脳でロジカルに考えるより単純に右脳、感情が揺さぶられたというのが正解かもしれない。

単純に、面白く、単純に感動し、単純に泣ける! 触れていない人は、ぜひ!

 

うだうだといつも通り書いてきた結論、今の世の中、論理的に考えても分からない事が日常の様に起こっている。

コロナもそうだが、鬼滅のこの大ヒットを誰が予想したか。世の中はいくらAI等の予想技術が発達しても、我々の想像をはるかに超えたことが起こる。2020年は、それをまざまざと見せつけられた一年でした。

今、無惨がいなくなった中、今度は、最強の鬼「コロナ」との戦いに勝たなければならない。愛する人を守るためにみんなの力を合わせて、戦っていこうと思う。そうだよね、炭次郎!

 

今回の教訓 「勝つためには、頭で考えすぎるな。身体で感じろ。全集中だ!」

 

おまけ1

ある番組でさんまさんが「おれは、鬼滅の刃ではなく、飛沫の出っ歯でんねん!」と言っていたのには笑った。

 

おまけ2

鬼滅ネクタイ

当社でヒットしている「鬼滅の刃」のキャラクターモチーフネクタイ。僕は炭次郎と禰豆子を買ったが、これを友人との食事会でして行くと大ウケ!次回は、煉獄さんをしていくつもりです!


きちんと楽ちん「テレウェア」

user-pic
0

本を出版しました!(1023日)

 テレウェア_カバーオビあり.jpgのサムネール画像

100万部狙っています。(冗談です。)

何の本かと言えば?「テレワークの着こなし本」です。

 

タイトルは

「きちんと楽ちん テレウェア」(小学館)テレワークでの服装の悩みはこの一冊で解決!

 

本を出すきっかけは、最近お店でお客様から

「うちの会社でもテレワークが始まったけど、どんな服装を着ればいいの?」

「TシャツはOK? ポロシャツは?」

「NGの服ってあるの?」

「着こなしを考える際に、気をつけるポイントは?」

などなど、テレワーク時における服装について、質問を多く受けるようになりました。

 

そんなにお困りなのか?と調べて見ると、「テレワークでの効率をあげる!」類についての本は多く見かけますが、「テレワーク時の服装」についての本は、ない!

であれば、アンパンマン、坂田銀次郎、カマド炭次郎のように(人選にかなり偏見があります(苦笑)困っている人がいれば、何とか助けたい!ビジネスパーソンの味方を自負する我々として、一肌脱ごうじゃないか!と勢いで、史上初!?の「テレワーク時の着こなし本」を出す事にしました。

 

テレワーク時のウェアを「テレウェア」と勝手に命名し()、そのポイントを「きちんと見えるか?楽ちんに過ごせるか?」としました。

 

一番こだわったのは、実用主義。

ノウハウ本にありがちな「参考になった!」「いいね!」と言ってそのあと、本棚のオブジェという事で終わらず(自己反省を込めて)

とにかく毎日でもページを見て使ってもらえるように「実践」にこだわりました。

 

さらに、テレウェアを選ぶ際、着こなす際に

これだけ知っていれば十分という基準を4つに絞り、

「スイッチウェア」、「マナーウェア」、「イージーケア」、「リラックス」にして、それぞれの頭文字をとって「スマイリー」としました。

コロナ禍、テレワーク時代を笑顔で過ごせますように願いを込めました。

 

とまあ調子に乗って書いていると本の内容を全て書きそうなので、() この後は本を読んでお楽しみください。

 

多くの方にも、助けて頂きました。

この新時代を冷静に見続けている方にぜひコメントを頂きたいと、

柴田励司さん(インディゴブルー代表)に推薦文を、そして堀義人さん(グロービス代表)に対談をお願いしました。お二人とも二つ返事で受けて頂き、本当に感謝です。

また、当社のスタッフ(モデルにもなってくれています!)や小学館の方々、その他、大勢の方のご協力の結晶です。

一冊の本を作ることは、一つの建物を作るのと同じと改めて思いました。彼らとはリモート会議も多く活用して積み上げて行き、それもこの本で活かしています!

 

1000万部目指して、(最初より増えているじゃないか?笑)、みなさん手に取ってみて下さい。そしてクローゼットでも置き、ぜひ実践して下さい。

 

服装を変えて、気持ちを変える。

コロナの中、一人でも多くの笑顔「スマイリー」が増えますように!!

寛斎さん 追悼2

user-pic
0

 寛斎さんは、謙虚であった。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな。」

寛斎さん位の偉人であるにも関わらず、こちらが恐縮する位、謙虚な方であった。

服飾の道に入り、たった5年の26歳の時にロンドンのショーで大成功をおさめ、その勢いでパリコレクションを開催した。しかし、パリでのショーは、失敗に終わり、経済的にも破綻寸前まで行き、死さえ考えたという。この生涯初の挫折で学んだものも多いという。

寛斎さんのお姿を見て、傲慢さは、人を小さく見せ、謙虚さは、逆に人を大きく見せる事を学んだ。

寛斎さんの謙虚な態度に接するたびに、その大きさや温かさを感じた。

 

寛斎さんは、シャイであった。

自ら情熱を傾けている事や信念を持っている事に関しては熱く語りかたる一方で、寛斎さんはとてもシャイであつた。

シャイだから、相手の気持ちを汲み繊細な様式を編み出せた一方、シャイだからいったん内に秘めたエネルギーを爆発させると誰も真似できないような大胆なファッションを作れたのだと思う。

ガガ、デビット・ボーイを始め、世界的なトップスターとの交流、人づきあいも繊細さと大胆さがあったからこその実現だと思う。

以前、食事の際に、仲居さんが、寛斎さんと知って驚いた時。「僕のこと知っているの?」と少しはにかみながら、嬉しそうにしていた姿が思い出される。

 

寛斎さんは、お茶目である。

人間40歳を過ぎると顔に性格が出るというが、

寛斎さんが、何か驚かせてやろうとしゃべり始める時の少し照れたような、リスのような前歯を見せて、いたずらっ子のようなお茶目な笑顔は忘れられない。

「治山さん、この前面白いことが有りまして・・。」とか、「治山さん、こんな面白い事を考えてみたんですがどう思います?」とか毎年の冒険談や新しいイベントのアイデアなどを語って頂いた。そこにはいつも、温かいユーモアが溢れていた。

僕自身、寛斎さんとお会いする時は、こちらも何か寛斎さんに褒めてもらおうと少し奇抜な服を着ていくが、もちろんいつも圧倒的に(あたりまえだが)寛斎さんの勝ちで、そのファッションはいつもお茶目な遊び心満載で、おしゃれってこんなに楽しいものなんだと、改めて思いだされた。

 

今も、世界で一番幸せそうな笑顔と太陽の中心のような情熱で語っておられたお姿が目に浮かぶ、もう寛斎さんにお会い出来ないと思うと、本当に辛く残念でしょうがない。

 

もっともっと前に、もっともっと熱く、これからやりたい事も多くあったと思う。僕自身ももっともっとお会いして、たくさんたくさん学びたかった。

 

今、お会い出来たなら、きっと背中を押して頂けたと思う。

「コロナ?うつむいてる場合じゃない!何事も諦めてはいけない!

心の底から楽しいと思える事を考えろ。それが治山さんの夢だ。

夢は追い続ければ必ず手に入る。もしそれが手に入らないのなら、求めないからだ。真剣に欲しがらないからだ!熱く生きろ!」

 

私の自宅のクローゼットには、太陽の光をいっぱいにうけたエーゲ海のようなキラキラ光る真っ青のジャケットある。寛斎さんから頂いたものだ。

これを着るたびに、寛斎さんの元気と笑顔を思い出していこう。

人生で出会えた人の中で本当に出会えて良かった人の一人である。

 

寛斎さん本当にありがとうございました。

多分、天国は今まで以上に、彩り豊かで元気になると思う。

ご冥福を心からお祈りいたします。

 

合掌

寛斎さん 追悼1

user-pic
0

コロナ禍で日本中が暗く、重くなっている時、一番元気を与えてくれる人が亡くなった。

山本寛斎さんである。

寛斎さんとは、10年以上お付き合いをさせて頂いた。毎年、お会いして食事などもご一緒させて頂いた。ある年は12月の14日にお会いした時は、「これから一緒に行きたい所があるんです。」と泉岳寺に行き、赤穂浪士の討ち入りを再現したパレードを見たこともあった。

 

とても寒い日で、お寺の参道の屋台でおでんを肴に日本酒を楽しんだ。とても懐かしい。

年下の私が言うのもなんだが、お会いしたその瞬間から馬が合った。

本当に寛斎さんは熱い。熱苦しいほど熱い。私も周りからよく言われる。(苦笑)

その熱さが、私にはとても心地よく、お会いするたびに体内のマグマに熱を加えて頂いているような気がした。

 

寛斎さんのチャレンジ意欲は、70歳を越えられてからも、まさに20代と同様もしくは、年々増すようで、昨年は北極にも挑戦された。75歳である。その話を子供のように生き生きと語られた姿を思いだす。

 

寛斎さんは、何者だったのだろう?

寛斎さんは、常に「自分を探す旅を続けてきた!」とおっしゃられていたが、実際、寛斎さんが作る服のように、進化とトランスフォーメーションを絶えず繰り返し、いつも意外な面をみせてくれた。

誰も考えないようなトッピな事を考える一面、世の中にこんなに真面目な人がいるのかというくらい誠実な方であった。

ショーの資金を集めるために、一人一人に自筆でお手紙を書いたこともお聞きした。(すでにスーパースターになっていた後にである。)

 

寛斎さんは勉強家であった。

毎朝何十分も時間をかけて新聞を隅から隅まで読むという事もお聞きした。

世の中の出来事や流れをつねに消化し、それらについて、如何なるテレビの有識者にも負けないくらいの核心をついたご意見をお持ちだった。

 

また、とんでもなく読書家で、歴史物が大好きで、

ある時、「治山さん、これ面白いよ」と一冊の本を手渡された。

それは、日露戦争における日本海海戦にて東郷平八郎と秋山真之がどう戦局を考え、なぜ勝てたのか?というたぐいの学術書的な本だった。

興味深いけれど、内容が非常に濃くて、改めて寛斎さんは勉強家だと感心したことを思いだす。

 

寛斎さんは、人間大好きであった。

歴史が大好きだったのも、実は歴史以上に人間に興味があり、人間が大好きだったと思う。太平洋のパプアニューギニアでのファッションショーの様子をお聞きした際も感動した。何週間も現地で生活し、言葉も文化違う人々を巻き込んで、そこでしかデザインできない服を作り、彼らでしか出来ないファッションショーを成功させた。

さらに心に刺さったのは、現地の人たちが、寛斎さんに惹かれレスペクトを繰り返し言った以上に、寛斎さんから彼らに対するリスペクトの言葉があふれたことである。真の国際人とは、肩書や生活レベル、文化、習慣などに囚われず、いい物は良いと素直に認めることであると学んだ。

服もそうだが、それを着る人間が大好きだから、どんな人からも受け入れられたのだろうと思う。

コロナで考えた事2

user-pic
0

どんな時代でも変わらない事を前回書いたが、もちろんコロナ以前の世界とは大きく変わったものも多い。そして、その変わる時代において我々は、二度と戻らない時間の中で多くのものを失った。

イベントだけでも2020年度の東京オリンピック、入学式、卒業式、春夏の甲子園大会など、枚挙にいとまがない。

一方、この騒ぎによる甚大な「マイナス」の中、それだけでは終わらせないと多くの人が考え、実行し、「プラス」の事を生んでいった。

テレワークから始まり、zoom等による会議や商談。

これで初めて気づいた! 今まで、どれだけの時間やコストを出張の移動のためにロスをしてきたのか?これで、自粛解禁後もその無駄を今後も激減していくだろう。さらに自粛の中、モバイル飲み会なるものもはやり、同窓会などリアルの時より出席率が多くなったと聞く。

医療現場では、防護服の代わりとしてカッパを代用品にしたり、そして飲食業界では、ミシュラン3つ星までもテイクアウト、デリバリー、そしてワインや食材などの販売も行った。

全員が制約の中で、それでも人生を楽しむために知恵を働かせ、工夫をし、プラスを生み出していった。

もちろん、我々の企業も、時代に合った新しい商品、接客の仕方、そしてビジネスモデルさえも変えるように努力を重ねている。

これらの事は、必ずアフターと言われる時代において、大きなプラスになると思う。

人間は、どんな苦境の時でも知恵を働かせ、マイナスをプラスに変えることが出来る。人間礼賛!人間万歳!

マイナスだけでは終わらない。これも今回の大きな収穫である。

 

今回の学び「緊急事態宣言の際、決して時が止まっていたのではなく、むしろ次の時代に時間が早回りしたのかもしれない。」

 

おまけ1 

今年にやられたらやり返す、倍返しの「半沢直樹」の復活はタイムリー過ぎる!


おまけ2 

コロナ禍において、多くの小売、レストランが廃業、閉店に追いやられている。こういった中、「ぜひ残ってもらいたレストラン」を思い浮かべてみると、もちろんあれが食べたいと思う一品も大切だが、絶対にもう一度!と懇願するレストランに共通するのは、そのホスピタリティ!美味しい料理を食べたいというより、あのおじさん、あのおばさん、あるいはあのサービスの人に会いたいと思う。やはり最後の最後は、人と人との触れ合いと思う。

コロナで考えた事1

user-pic
0

「今、医療従事者はみんな、死の危険にさらされながら、見えない敵と最前線で戦っている。何の武器も持たずに。」と僕の知り合いの病院長から聞いた。

上記の言葉に続けて、

「戦場では普通、軍医らは軍隊に守られながら、安全地帯で負傷兵を治療する。しかし今回の場合は逆だ。一番戦場の近くで無防備で戦っているのが現状です。」

その言葉を聞いて、思わず頭が下がった。

 

バンクシーが新作で、表現している。「バットマンやスパイダーマンの代わりに今のヒーローは医療従事者だ。」と。

 

我々小売業をはじめ、飲食業、サービス業、さらには公共機関など様々な現場において、スタッフは、毎日不特定多数の人と接しています。

企業は、会社を存続させるためには店を開けなければなりません。それが社員の生活を守る事ためにも必要な事である一方、社員の安全、健康のリスクも発生します。

非常に厳しい決断です。

実際、我々の会社では、店を開ける開けないの判断は、本部からの指示ではなく現場の店長、スタッフの自由意思に任せています。その中で、店を開けると決断して営業を継続してくれている多くのスタッフに、胸が熱くなります。

我々幹部は、そんなスタッフに、マスクや消毒液を提供したり、わずかながら感謝金を渡したり、あるいは店回りの時に感謝の言葉とお菓子や飲み物などの差し入れを持っていくことしか出来ません。

 

新型コロナウィルスが、日本そして世界に広がって数か月、我々の生活や価値観は大きく変わりました。

しかし、いつの時代でも変わらない事があります。それは、どんな時代でも、自分の身を犠牲にしてでも誰かを守るために戦う人がいるという事。患者を守るため、家族を守るため、お客様の利便性を守るために、戦う。

彼らこそ、ヒーローです。ヒーローに心より感謝します。ありがとう!

 

今回の学び「目に見えない敵と戦う時、目に見えない勇気が最大の武器となる。」

 

おまけ1 緊急事態宣言の最中、ユーチューブで多くの人たちが「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌」をカバーしアップした。彼らもフランス革命時においての自らを犠牲にして戦ったヒーローたちである。

「今出来る事!」

user-pic
0

新型コロナウイルスで世の中が大変なことになっています。

特に、我々小売りは、ほぼ壊滅的打撃です。

小売りで、売上が70%を切って赤字にならない企業は、0と言っても過言ではありません。

安倍首相と北海道知事が自粛要請をしてから、正直70%を切る企業、日も珍しくありません。北海道の有名なショッピングセンターの土日の売上が0のテナントが、半分くらいあったという話も聞こえています。

3月が1年で一番売れる月である我々紳士服業界は、まさに悪夢を体験しています。

丁度 9年前の3月、東日本大震災直後の雰囲気にも似ています。

 

「改めて気づきました! 世の中って不要不急で成り立ってたんですね。」

今の世の中を見て、ある人が、ぼそっと口にしました。

アポイントや会合が片っ端からキャンセル、電車や街の通りに人が激減している状況を見ての納得の一言です。

 

さて、このような状況下で、何を考えどう動くか?

まず、我々の会社では、「緊急対策本部」を設置して、スタッフを守ること、会社を守ることに分けて複数のチームを作り、日々の活動するようにしました。

 

さらに、

今、我々が出来る事。

我々は500店舗近いお店を持っています。約3000名のスタッフがいます。

今こそ、全ての力を結集して、暗いニュースばかりの世の中が少しでも明るくなるように、灯になりたいと思います!笑顔で接客し、お客様が喜ぶ商品を提供したいと思います!

例えば、こんな折でも、入学式用、入社式用にご家族でご来店されます。そんな人生の節目のスーツを我々のお店でお買上頂いています。そんな方々全員に笑顔になってもらいたい。

各店の力、一人一人の力は、小さいかも知れません。でも全員が、今まで培ってきた接客力を全て使えば、世の中が少し変わると信じています!

タイタニック号の船上で避難の際に人々を勇気づけようと最後まで演奏を続けた楽団員のように!いまこそ、ヒーローになろう!と全スタッフと共に戦っています。

 

そして、おしゃれとは不要不急のモノかもしれません。

しかし、おしゃれによって気分が変わり、毎日の生活に張りが出来ます。

ワクワクしながらショッピングを楽しみ、新しい服を着て鏡の前に立ち、目の前の自分が少しおしゃれに見えたり、イケてると感じれば暗い出来事をつかの間でも忘れることが出来ます。

避難所で暮らす被災者が、ボランティアによって化粧をするサービスを受けた時、涙を流し、何か忘れていた事を思い出したという報道があったと思います。

おしゃれの力で、人々に笑顔を取り戻す、

服の力を今こそ最大限に発揮する! 今こそ、我々の出番です!

 

おまけ

本当に気の毒なのは、卒業式・入学式の中止や卒業旅行の中止や行先変更を余儀なくされている人達です。

9年前同じような体験をした生徒らに対し(東日本大震災後)、思いを伝えた立教新座中学校高等学校 渡辺憲司校長の「時に海を見よ」の言葉を読み直しました。改めてこのような時代、今年大学に進学する皆さんに読んでもらいたい永久不滅のメッセージです。

 

その6

user-pic
0

顔面暴風受け皿となったまま、落ち続ける事、叫び続ける事、5分間くらい(?)、まるで絶叫マシン。第二の痛みが襲ってきた。「キーン」と耳が痛い。これは外ではなく耳の中が強烈に痛い。

気圧の変化で、飛行機で体験したり、スキューバダイビングで体験するような強烈な痛み。

正直鼓膜が破れたと思った。

「耳、いてええええっ」「顔、いてええええっ」絶叫マシン改めカラオケボックスで、大音量で歌うように、叫びまくる。

もちろんそんなことで、痛みが和らぐわけもなく。

耳栓すればよかった!涙

 

スカイダイビングの爽快感を味わうどころか、早くこの痛みから解放されたい気持ちの方が強い。しかし、一方その苦闘の中で見た地上は、壮大で、広くて、美しかった。

苦悩を突き抜けて、歓喜に至る!

 DSC07317.JPG

そして第二ステージ、トイストーリーの人形になった。

突然、身体がぎゅんと上に引っ張られる感覚でパラシュートが開いた。あやつり人形がひもで、強くひっぱられる時は、こういう感覚なんだろうかと「トイストーリー気分」を味わう。

 

ただ、パラシュートが開いて少しは、痛みが良くなると思っていたが、そう甘くなかった。確かに顔の強風は、無くなったが、耳拷問は依然として続く。

また、パラシュートが開くとフワフワと落ちるのかなと思っていたが、想像より明らかに急速に落ちているという感覚が強い。ドンドン地上が近づいてくる。

映画などで、ワイドからズームで迫っている映像みたい。

地面が近くなり、もうすぐだ、いよいよ着地!

足をまっすぐ伸ばして座るように習った通りの姿勢。着地!上手くいった。

スーツチャレンジ ミッションコンプリートーーーーッ!!

DSC07311.JPG


地上に降りて、まず確かめたことは、鼓膜が破れていないかどうか。

声を出すと両方聞こえる。ああ、よかった!

それで少し余裕が出来、ロシアコーチとハイタッチ!「ありがとう!スパシーバ!」

 

バンに乗り、受付のあるプレハブに向かう途中の気分はを聞かれ「ぐったり疲れた!」

飛んだのは、多分10分足らずと思うが、ハーフマラソンを走った位、疲れた。これは、やった人でないと分からないと思う。

 

飛んだ直後、「もう一度、飛ぶ?」と聞かれたら、間違いなくこう言う。

「もう、当分いいです!」これは正直な感想。

 

その後、帰りの車で、空を見上げた。あそこから降りて来たんだなと。その時初めて、スーツチャレンジのもう一つの価値を感じた。

スーツチャレンジ――「それは、チャレンジする事の大切さを教えてくれる。」

空は終わった。次は宇宙かな(笑笑) チャレンジは続くww

 

 

今回の学び「狭い、窮屈な部屋から、思い切って外に飛び出していくと、そこには果てしない世界と青空が広がっていた。確かにいろんな痛みを伴うが、何も失わないし、経験と達成感いう成果は確実に残る。」

 

その5

user-pic
0

さあ、いよいよ僕の番

ロシアコーチに「やるか!」と無言のげんこつハイタッチ

僕が前で、密着してコーチ。お母さんが子供を負ぶっている状態。違うのは両方おっさんな分だけww。

ドアの方にずるずると座ったまま進んで、ドアの淵に座り、縁側に座るように外に足を掛ける

ブラブラしている足の下から見える風景は、上空から見るリアルグーグルマップ。

いつも飛行機で見る上空。ただ、今回は座席に座って窓からではなく、境界線に座って足の下からみている。

不思議と恐怖はない。地平線も見え、「世界は広い!」という感動が恐怖をかき消す。そして上を見ると真っ青な空。「宇宙はもっと広い!」

 DSC07279.JPGのサムネール画像

背中から、「GO!」という合図とともに、飛び降りの体制を取る。

地上での1分トレーニングで指導してもらった通り、顔は空を仰ぎ、両腕はダンベルを持ち上げるように万歳。まるでカメのような恰好。気持ちと同様「もうどうにでもなれ!お手上げです!」

 

「準備OK」と思うより先に、身体は空中に押し出されていた!!!!


「うおおおおっ」飛んでる!--当たり前www


興奮のさなか、ここで決定的なミスをした!まずい!

事前の1分説明にて、聞いた記憶があったが・・。

飛んでいる時には基本――地上を見てはいけない!

なぜなら、落ちる時の風圧全てを顔で受けるようになるから。

それを僕はやってしまった!後の祭り。空中では誰も教えてくれない。

本来は、地面に対して直角くらいがいい。

しかし、僕は飛んでいる間中、ずっと地面を見ていた。

となるとどうなるか?

 

DSC07354.JPG

とにかく痛い。大型扇風機の1万倍くらい(あくまで体感)の風がもろ顔面にパンチを繰り返し、刺さる。ツラの皮がいくら厚い僕でもww、その皮がめくれるくらい。

高度数千メートルの上空で、

「うおおおおっ」の後は「いてええええっ」と叫びながら落ちていた。

まさか、空を見上げるとそんな奴がそれにいるとは、地上の人は誰も気づいていなかったと思う。ふと思う、今後は、世の中には声なき声がある事を知って行動しよう!(笑)

 

それでもスーツチャレンジのため、時々、空中で近づくカメラマンに対して顔を上げて、満面の笑みを作る。しかし、後から見ると髪はドラゴンボールのサイヤ人みたいだし、表情は笑顔というより火をはいて飛んでいるガメラのよう。こんな奴がいたら、決して友達になりたくないww

つづく


はじめまして! 治山です。 今回から、ブログというものに挑戦します。 「をとこ(男)もす(る)という日記というものを、社長もして心みむとて、するなり。」というか、 「つれづれなるままに・・。」という心情でしょうか。

関連ホームページ

カテゴリ

月別 アーカイブ