HE HAS GONE.(ヒズ ゴーン)

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2度ほど、ゴーン氏には会ったことがある。会ったというより見たという事の方が正しい。

岡山に講演に来た際、それに参加した。

彼の癖は、話す直前にスーツの両エリを引っ張り、襟が首にきちんと収まっているのを確認してからしゃべることである。フランス育ちだからか、おしゃれに大変気をつかっていた印象がある。

 

彼の最初の来岡(山)は、かれこれ15年前、日産をV字復活させた直後。

社長になりたてだった僕は、ここぞとばかり、質問し、それに丁寧に答えてくれた事を思いだす。

2度目は昨年、三菱自動車を吸収した時。今後の方向性を簡潔に分かりやすく説明し、またスタッフに明るい未来をイメージさせて、モチベートする姿に「変わっていないな」と感じた。

しかし、このころすでに15年前の彼とは、いろんな意味で大きな変化が起きていたのだと思う。

どこで感覚が狂ってしまったのかは、今後の捜査を待つとして・・。

 

今回の事件で感じたことは、経営者は本当に難しいという事。

何が難しいかと言えば、自分を制する事。

人間は弱い。経営者も一人の人間としてその弱さはある。やすきに流れる。

性善説でも性悪説でもなく。性弱説と思う。

 

経営は決断であるというで、日々いろんなビジネス上の決断がある。

と同時に、誘惑に対する決断も多い。

自分である程度なんでも決められる立場になると、余計その弱さ、誘惑との戦いになる。

 

誘惑は、非常に多い。

もちろん違法な事は、普通の経営者は絶対しないが、問題なのは、もっと日常的で些細な事。

例えば、僕自身、毎週店を回る。別に回らなくて誰にも、とがめられない。大抵休みに回るため、むしろ、「社長たまには休んで下さいよ」と言われる。

「でも、やはり現場に常に接してないと、現場のスタッフやお客様から感覚がずれてくる。」という自分自身の勝手な理由で、毎週の店回りを課している。

これも、心の誘惑魔の「今日はもういいんじゃない」という声との戦いである。

 

同様に自らのスケジュール、報酬、人事もやりたい放題とは言わないが、大きな裁量はある。

その決定において重要なのは自分個人に有利に考えない事である。

 

何年も前に経営者仲間とまじめに(今やはやりの)西郷ドンの「南洲翁遺訓」を勉強した。寺子屋のように、原文を唱和しその意味を考え、自分たちの経営に当てはめ、議論すると、いったことを、半年位かけて全文やった。

(その前は「論語と算盤」渋沢栄一著。なんとも高尚な会なことか!)実際はその後の飲みが目的だったことも否定しないが。

 

ご存知の方も多いと思うが、「南洲翁遺訓」での最大の価値観は、「リーダーは、いささかでも私利私欲があってはならない。」こと。

その時、みんなが思ったのは、「経営者は修行僧のように、全ての欲を捨てないといけないのか。徹底的に自分を利することを排除する?これは無理だわ!」

我々は、まだ若く、枯れていなかった。(今でも枯れてないが)そこでの我々の結論は、「全ての欲は捨てられない。であるならば、利己以上に利他を考えよう。自分を愛すると同様の気持ちで他人が利する事を実行しよう。」

 

利己を否定して修行僧のような生活を送るより、社員やお客様、取引先、その他のステークホルダーに感謝して、特にスタッフの利他を考えて働くことが大切だと。

正直、これもなかなか難しいけれど、それ以来、我々は少しずつだが実行している。

 

ゴーン氏は、出だしに書いた通り、着こなしと同様、自分が人にどう見られるか気にしていたと思う。自分を愛するがごとく、社員を愛して、一年に数回しかいかない別荘なんか作らず、そのお金を彼らに還元していたら違う事になっていたんだろうなぁと残念である。

 

最後に(我々が無理だ!言った)「南洲翁遺訓」を100%実行した経営者は、誰もいないのか?

いや、一人知っている。

それは土光さんだ!彼の生き方は真似できないけれど、一歩でも近づきたい偉人である。

 

今回の教訓「土光さんは、やっぱり偉い!」

PSマンを知っていますか?

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PSマンを知っていますか

知らない人は、すぐにインスタで検索を![PSマンインスタグラムID psman_official]

これを知らないと大変なことになります!どう大変なことになるかと言えば・・・。

 

このブログが、つまらなくなります(苦笑)


PSマンは、世の中のビジネスパーソンを元気にしたいという思いから生まれました。

何をしているかと言えば、「その日、元気になるような言葉」をほぼ毎日インスタに投稿しいます!

 

それにしても、言霊。言葉の力はすごいですね!たった一つの言葉が、世界を動かしたことも多い。

チャーチルが国民に呼びかけた言葉「We shall never surrender」 我々は決して屈しない

――この一言が、ナチスから世界を救った。

 

ガガーリン「地球は青かった」

JF・ケネディ 「1960年代の終わりまでに月に人間を送り込む」

――この一言で、人類が宇宙に行くことが夢ではなくなった。

 

マーチン・ルーサー・キング「I have a dream」私には夢がある。

――この一言で、差別撤退への第一歩が始まった。

 

福沢諭吉 「一身独立して一国独立す」

――この一言で、日本が世界と並びえる国となった。

 

マザー・テレサ「愛の反対は、憎しみではなく無関心です」

――この一言で、世界が少しだけやさしくなりました。

 

PSマンはそんな、言葉、言霊を発信しています!

見た目だけだはなく、心も身体も元気になってほしいという願いを込めて。

 

先日、ある人に言われました。

「おみくじは神様の言葉、たとえ凶でも吉になる。」

僕はいままで、おみくじイコール「くじ」、

「大吉」が出れば当たり!「小吉」「末吉」は、はずれ、「吉」「中吉」なら何とか。

という感じでした。中身もほとんど読まずに木にくくり付ける。

しかし、その人は「おみくじは、その時々にくださる神様のアドバイス、たとえ凶でもその言葉をきちんと受け止めて、素直に行動すればやがては吉になる」と凶のおみくじでも手帳に挟んでは、ときどき取り出して、自分を戒めているとの事。

それを聞いてから、僕もおみくじを持って読み返しています。

 

ちなみに今年の初詣の言葉は「欲をはなれて人のために尽くせば、万事うまくいく(大吉)」と。

まさに神様お見通し!欲を捨てなければ(笑)

 

さてPSマンに戻ると、今元気になる言葉満載発信!

そして今後は、もっともっとアクティブに動いていきます。PSマンの今後の活躍に乞うご期待!

 

今月の学び「世知辛い世の中で必要な事。 ポジティブ&スマイル 略してPS!」

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それはないだろう!

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サービスの本質とは?と考えさせられる事があったので、思い切って書いています。

 

つい先日、羽田から1200分発の松山行の飛行に乗ろうとして、ぎりぎりになった。京急線を降り途端に猛ダッシュ!

検査場を通過し、なんとか規定時間15分前に間に合わせたいと、髪を振り乱しながら走った、走った!

通路を駆け抜け、長いエスカレーターを心臓が飛び出るくらいのスピードで駆け上り、

アクション映画の主人公でもここまで走らないだろうというレベルでダッシュした。

 

そして検査場到着したのが1140分 20分前。間に合った!と安堵。

通過しようとバーコード読み取り機に、握っていたペーパーをかざす。

焦っていたのか、手に持っていたのは違うチケットだった。

急いで鞄をひっくり返し、本来のチケットを見つけ、バーコード読み取り機にかざす。

その途端、「通過時間を過ぎていますので、お通りにはなれません。」と係員から冷たい声が聞こえた。

時計を見ると、19分前。

「えっ、まだ20分前じゃん、15分前までじゃないの!?」と言うと

係員は「いえ、121日から20分前にさせていただいております。」と涼しい口調。

「は?聞いてないよ!」と言いながら改めてチケットを見ると、

米粒みたいな小さな文字で「121日より、羽田のみ20分前」と書いてある。

今日が125日だから数日前から?

「まじか?」

「これに乗らないと間に合わないから。」と頼むと

冷ややかに、すぐ横の受付を指さす。

しょうがないのでチケットを持っていき、事情を話す。

1142分。18分前。5日前までならOKの時間だった。

係員は受付で上司に確認の電話をした。

そして「時間を過ぎていますので、お乗りになれません。」と一言。

 

額の汗が滝のように流れる中、ちょっと待ってくれ!と心が叫んだ。

確かにぎりぎりになった僕が悪い。ただ、あまりに機械的な対応ではないか?

1.      まだ、新制度がスタートして、数日。全然浸透していない。少なくとも普通一か月位の移行期間の対応が必要ではないのか?

2.      この新制度を浸透させる事を十分にしていないのではないか。

3.      僕自身、確かに、チケットを探している間に時間をロスして、検査通貨は19分前になったが(正確には1940秒くらいと思う)20分前には検査場に来ていた。

4.      これも言いがかりかも知れないが、航空会社の都合で飛行機の発着が遅れることも少なくない。1時間くらいの遅れも経験したことがある。それについては、一言のお詫びを言うだけ。

5.      また、我々乗客を早めに乗せておいて、飛行場の離陸が混んでいるという理由で、長い時には30分ほど離陸せず機内で待たせることもある。

 

何度も言うが、元をただせば僕が悪い。しかし、ほんの数日前までは15分前でOKだった。それで飛べたはず。自分たちの都合で搭乗締め切りを早めた以上、もう少し、移行期間での融通、お客様に沿ったサービスがあってもいいのではないか?

(次回 別の航空会社でも試してみようかと思った。)

 

もちろんルールは必要、ただし人間がやる以上、サービスとは、常にお客様の立場に立ち、ぎりぎりの中で、何とかお客様の笑顔を作るために努力することが必要だと、今回の件で分かった気がする。

 

おまけ

数年前、渋滞により上海の空港で、日本に帰国する際、

ギリギリになったことがある。この時は、正直諦め気味だった。泣きそうな顔で、係員に相談したら先導してくれて長蛇の列の「税関」「荷物検査」に奇跡的に間に合った経験がある。こういう事もあるのかと、彼に心から感謝した。

日本一の工場

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田原コンサートという工場を知っていますか?日本一の工場!(と僕は思います。)

映画「三丁目の夕日」や「ひよっこ」に出て来るような街工場です。

夢と希望と人々の思いやりにあふれたあの時代にタイムスリップしたような工場です。

1960年の創業以来ずっと真面目に物づくりをしてきました。

 

昭和の高度成長の時代からオイルショック、バブルを経て、阪神大震災、円高、リーマンショック等々にも負けず、頑固にモノづくりを貫いてきました。

先代は、日本に数人しかいないと言われるマイスターの一人に選ばれました。

それを継いだ二代目。先代以上にスーツが好きで好きで、(サーフィンも大好き(余談)、スーツの事を語りだしたら、「クレージージャーニー」に出てくるような旅人と同様に熱く、ホントに楽しそうに語ります。

 

さらに、この街工場は、世界と勝負をしています。毎年田原で作った商品を、世界最高峰のパリコレのステージで、カリスマモデルたちが身につけて闊歩しています。

パリコレに出ている日本製のスーツを一番多く作っているのがこの工場だそうです。

一着一着、手作りで、同じものはありません。

そんな服が欲しくて、誰でも知っている芸能人や会社社長さんらも、口コミで田原を知り、ここにオーダーをしています。まるで、ミシュランに載っていなくて、知る人ぞ知る隠れレストランのようなものです。

 

何よりすごいのは、モノづくりに掛ける思い!プライドです。

田原でスーツ一着を作る工程は、なんと350工程。(袖をつけたり、表地と裏地を縫い合わせるといった工程)その工程一つ一つに人が絡んでいます。

どれくらい凄いかと言えば、ワイシャツでは30工程、その10倍。

普通の既製品のスーツと比べても(普通は200から250工程ほど)田原では、100工程も多い。さらに、工程全てを一流職人の手で手掛けている!

これをプラモデルに例えると、作るときのパーツの数や作業が30%増、つまりは、100以上多い事になる。いったいどんな完成度の高い物が出来るか想像つかない。さらにその全ての工程を名人が手掛けるとなると。

そんなガンプラ見てみたくないですか?

 

田原では、服地のカットから始まり、細かい縫製のほとんどが手作業で、特に最後の「仕上げ」と呼ばれる作業にその集大成がある。通常のスーツでは、一着5分から10分程度で済ませる所を田原は、2時間もかけている。

これを、自分の部屋の掃除に例えると、さっと5分で片づけるか(いつもの私(汗))

2時間かけて、きちんと整理整頓するかで奥さんの評価が違う(笑)

 

掃除と同じで、この350の工程、手をぬこうと思えば、いくらでも手抜きが出来る。

しかし、決して妥協しない。工場に漂う田原品質を守ろうとする空気が、それを拒む。

この工場に入り、その空気を吸ったが最後、2つのウイルスに感染する。その感染力たるや、インフルエンザ並みの威力がある。

一つは、明治神宮や伊勢神宮の森に一歩足を踏み入れた時の心が浄化される感覚。それに近い。

2つ目は、武道の試合で、日本武道館に入った時。試合の緊張感と負けられないとする意識。これが心に直接注入される。

 

そういったものが一着一着のスーツに作り手の愛情として縫い込まれる。

日本全国に何百と存在した国内独立系スーツ工場は、もう一桁しかない。

こういった工場を、残さないといけないと思う。これは日本遺産であり、我々の大切な財産である。

 

今回の学び「遺産とは、一人が始めて、仲間が育て、そしてみんなの財産となる。」

 

おまけ1

工場内に、ふと若い女性がいた、聞いてみると前歴はドイツにバレエ留学していて、そこで服に魅せられ、真のモノづくりがしたいと、この工場に来たという。いつか自分が作った服がパリコレのステージに立つことを夢見て。

 

おまけ2

ルノアールの父親は仕立て屋、母親は針子だった。だから、ルノアールが描く洋服は、非常に繊細で美しい。ただ、晩年、彼が一番得意としたのは、服を着ていない裸婦というもの面白い。

スーツの魔力2

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ラペルと言われる上着の正面の部分を天使の羽のように丸く立体にしよう!

そのために、表地と裏地の間に、馬のたてがみを縫い合わせて作った芯地を使う事を思いついた。(馬のたてがみは、軽く、張りがある)

袖の付け根部分を腕の丸さを生かしつつ、動きやすくしよう!

そのために袖の付け根の丸い部分にそって、「いせ込み」といわれる腕の太さよりかなり長い生地を折り込みながら縫っていく。提灯の上下の金具のワクの部分に紙をじゃバラにして折りたたんで突っ込んでいくみたいに。

提灯は、紙が折り込まれている折り目が見えるが、いいスーツは袖の付け根にしわがあるのは許されない。美しくない。(皆さんのスーツでも確認して下さい)

機械でもこの作業は可能だが、職人の針で一穴、一穴縫い、さらに別の職人によるアイロンがけで形を整えていくのに勝る方法はない。

肩から首に沿って富士山の2合目から5合目のように美しいカーブを作ろう!

そのために「登り襟」とよばれる、襟とボディーを別々に作り、首にスーツの襟が吸い付くようにピタリと収まるように職人のミリ単位の縫製を行う。

これが上手くできると、肩が軽く感じるのみではなく、くっついたら離さないような

一体感が生まれる。 

 

とまあ、スーツの「より美しく」、「より着やすく」を追求した技の数々を語りだすときりがないので、また次の機会に。

 

最後に一つ。

これらの手縫いの技術は、着れば着るほど体になじんでくる。

車でも家電でも、大抵のモノは、買った時が最高の状態。そこから劣化が進んでくる。

しかし、このスーツは、着れば着るほど良くなっていく。これもスーツの魔力である。

 

こういった長年作り上げてきた伝統、職人技が、「田原コンサートのスーツ」には全部ある。ラーメンでいうと「全部のせ」状態である。まさに贅沢である。

そんなスーツを、ぼくは今度オーダーした。少年のころのクリスマスや家族旅行を楽しみに指折り数えた日々がよみがえる。


おまけ 

日本の近代化はスーツで始まった。いろいろなものを西洋から取り入れた際、髪の毛と着物を早々に西洋化した。まさに見た目が変わることにより、人々の意識を変えていった。

ここにもスーツの魔力というか、力がある。

明治天皇が前触れもなく、スーツを着て人々の前に姿を現したそうだ。その時の人々の驚きは、想像に難くない。古き慣習を捨て、見た目を西洋化した勇気には驚く。

スーツの魔力

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諸説あるが、一説によるとスーツが誕生して今年で350年+2年となるそうだ。

「イギリス国王 チャールズ2世による衣服改造宣言 1666年」を起源。

これほど、長く、広く、世界中で人々に愛されてきたウェアは数少ない。

この魔力に取りつかれたのは、世界の元首はじめ、セレブ、果てはジェームス・ボンドやキングズマンまで数知れない。

さらには、そのスーツ道を見極めようと、世界中の職人たちが今も腕を競っている。

より美しく、より着やすく!を求めて。

 

僕自身も、この業界に身を置いて20年を超えた。

先日、改めて「スーツの魔力」に触れた気がした。

まず頭に入れていただきたいのは、スーツは、立体服だということ。(スーツ以外の大抵の服は、それ自体は平面であり、着用して初めて立体となる。しかしスーツは、着る前から立体である。)普通にハンガーにかけても腕や胸の部分に膨らみがある。

しかし考えてみると、布は平面、たよりないほどヒラヒラしている。

 

その布から立体の服を作る。これは思うより難しい。

単純に平面のものを、立体にしようとする時、素材自体にハリコシがあり固くすれば問題は解決する。しかしそれでは、着心地が悪い。中世の鎧や宇宙服などは着心地が最悪だろう。

「ヒラヒラした布を美しい立体にせよ!」このミッションに対し歴代のスーツ職人は、考え、苦労し、試行錯誤しながら独自の方法で実現してきた。それはまるで平面の絵をいかにも立体であるように見せる、といったダビンチやピカソのような画家の作業に似ている。

さらにスーツ職人は、画家にはない難題を突き付けられる。

「着にくい物は、スーツではない!」

ただ単に立体では失格。着やすくして初めて合格となる。

スーツは芸術品であり実用品。見て美しく、着て美しく、そして快適でないといけない。

 

さあ、それから職人は悩んだ。どうすればいい?

 

つづく。

人間力

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シンギュラリティは、思っているより早く実現するだろう。

一般に2045年ごろと言われているが、おそらく前倒しとなると思う。

現時点でも人間最後の砦、「脳」に関しても個々の能力では、再来年あたりで人間の脳の機能を模倣できるハードウェアが10万円程度で手に入り、2050年には地球上のすべての人間の処理能力を超えるコンピューターが同じく10万円程度で買えると言われている。

また、サルの段階だが、脳にセンサーを埋め込んで思考だけでロボットを動かすことにすでに成功している。将来は脳とコンピューターが実際に接続するという。

 

その時、全ての能力において人間は機械に劣るようになるのか?

我々の仕事も全て機械にとって代わられるのであろうか?

「そんなことはない!クリエーティブの分野は、最後まで人間でなければ!」と言われているが、最近では小説までAIが書き、判断業務においても、社長の代わりさえ出来ると言われている。僕も失業?(笑)

ああ、人間の残された分野は、無くなるのか?

 

話は変わるが、

7月3日から九州、四国、中国を舐めるように豪雨による大規模災害があった。

西日本中心に広く店を展開している当社も店舗被害を受けた。

水没、破損、雨漏り、など信じられない現実がそこにあった。

 

被害は広範囲に渡り、水没により営業停止を余儀なくされた店舗は、九州と四国であった。

もちろん本社がある岡山でも、営業停止までにはいかなかったが、大きな被害を受けた。

中には、実家を親御さん用に改装し、両親を看ようと実家の近くに姉夫婦が新築を立てた直後、2軒とも川の氾濫により被害を受けた方もいた。

他にも床上浸水、車水没、避難所生活を余儀なくされたスタッフ、そのご家族も多数いる。これらの現状を聞くたびに、胸が詰まる。心よりお見舞い申し上げる。

それでも今回、まだ安堵したのは、スタッフそしてそのご家族に、ケガ人や命に係わる被害がなかったという事である。

 

その中で、今回一番印象に残った話をしよう

いささか手前味噌になるが、当社は、本当に「いい会社!」という事を改めて強く感じた。

阪神大震災、東日本大震災、熊本地震など、こういった災害があるたびに、当社のスタッフの温かさを感じる。

 

被害を受けた店のため、スタッフのために、いち早く現地に行きサポートした社員。

一晩中、安否確認のため、連絡を取り続けた本部スタッフ。

現地では、地域の方々のために、一日も早い再開を目指して、悪臭の中、店内のドロ取りや清掃をおこなってくれたスタッフ。

自らも被害を受けたにもかかわらず、明るく元気に地域のお客様対応をしてくれたスタッフ。そして、少しでもと社内義援金窓口を開設し、開設するや全国から個人寄付をしてくれたスタッフ。

これらは、誰に指示されることなく、みんな自分の意思で動き。仲間を助けるために働いた。

 

これらのスタッフをいつも誇りに思う。

東日本の震災の時にも「絆」という言葉がよく見られたが、震災のたびにその絆が、より広く、多く、太くなっていく。

 

これはコンピューターには出来ない事だ。現状では指示をされない限りコンピューターは動かない。

いずれシンギュラリティの時代となって自ら考え動くようになっても、温かい心がないとこういう行動は起こさない。

自分を犠牲にして動くということ。

損得で考えると、どう見ても損と思えることをあえてやること。

これは、どんな時代になっても人間でしかできない事ではないかと感じる

 

今回の学び「雨降って地固まる。そして豪雨が降るたびに他人が濡れないように傘をさす仲間が増える。また、うれしからずや。」

 

おまけ1

先日 JALの岡山から東京便で、CAの最後の挨拶

「本日は、ワンワールドアライアンスパートナー 日本航空をご利用頂き、「ぼっけい」

有難うございました」 客席からあふれる笑い声!

これも機械で自主的にはできないだろうな。

 

おまけ2

鉄腕アトムの最終回は、本文の最後のまとめと違い、たしかアトムが自分を犠牲にして人類を助ける。よく考えてみれば、ターミネーター2でも。未来は、どうなる?

日常の恐怖8

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正義の味方は孤独である。地味である。そしてしつこい。窮屈な車内で、何日もひたすら犯人が現れるのを待つ。警察という大きな集団ではなく、一人、もしくは数人の仲間と共に。犯人がマンションの玄関から出てくるのを。

見続けすぎて、玄関の映像が網膜にプリントされ、目をつぶっても、それがくっきりと出る位、永遠と待ち続ける。

普通の人では無理だ。これをやったからと言ってお金が入るわけでもなく、名誉も出世も何も補償されない。それでも自らの良心から来るエネルギーを燃やし続けて犯人を追う。これを正義と言わなくて何が正義だろう。

彼には、相手を一撃で倒す必殺技などない、特殊な身体能力、武器もない。彼の最大武器は、しつこさだ。ただ小説や映画と違い生身の人間である。彼には家庭も生活もある。  

しつこくさイコール時間である。その時間を彼らは、身体、生活、家庭を犠牲にして作る。

休日や睡眠時間を犠牲にした時間。正直ここには「働き方ウンヌン」は一切ない。身体がボロボロになりながら、疲れがピークに達しようが、家族との約束があろうが電話一本で呼び出され、動く。長年一緒にやってきた数名の仲間も同様である。

ヒーローは、我々と何ら変わらない弱い生身の人間である。

 

決して映画やドラマにはならない。なぜならば、時間が長すぎる。地味で動きがない、そして見ていても全く面白くない時間が永遠と続く。

 

本当にジャーナリストとして、人として「清水 潔」氏はすごい。

 

僕自身 有難いことに個人的に相談に乗ってくれ、助けてくれる方々。警察、マスコミ、弁護士、自衛隊、権力者、あるいは、お偉い先生などなど知り合いは、非常に多い。彼らは、知り合い故、困った時には親身になってくれる。

 

しかし、ヒーローは見ず知らない人を助ける。自分の正義感に従って自分の身を削って助ける。清水さんこそ、本当のヒーローである。

彼が日本にいるだけでも、良かった。

この方がジャーナリストにあったために、救われた人も多い。

そしてその志を継ぐジャーナリストがいることだけでも、まだこの国は救われる気がする。

そんな勇気ももらえる本である。ご興味があれば、ぜひ!

 

このシリーズ。長々とお付き合い頂き、有難うございました。

 

今回の学び「ペンは剣より強し。ペンは清水 潔!」

日常の恐怖7

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怖い話ばかりが続いたので、最後は明るく締めたいと思う。

(あまり明るくないけど)

 

幼い頃から、"正義の味方""ヒーロー"に憧れてきた。

丁度、僕の小学生時代から、次々とスーパー戦隊シリーズがスタートした。

名前を挙げて行けばキリがないほど。

 

そしてこの年になって分かった。

本当の正義の味方は、そんな彼らとは正反対の「控えめ」で「目立たず」、

「小さなことをこつこつと積み上げ」、ましてや「腕力に頼ったりもしない」

巨大な敵の攻撃に何度もくじけそうになりながらも決して諦めず、一番弱い者のために我が身を犠牲にして戦う。そんな一見普通の人こそが真のヒーローであると。

 

「桶川ストーカー殺人事件 ――遺言」 新潮文庫 

「殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」新潮文庫 清水 潔

彼をヒーローと呼ばずにして誰をヒーローと呼ぶのか?

 

つづく。

日常の恐怖6

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実際、この本に出てくる「足利事件」(実話)ではそうだった。「冤罪」だった男性

は無実の罪で17年以上の間、刑務所に閉じ込められた。これは怖い。

 

そこに現れたのが異質な一人の記者。 清水 潔!

彼が、冤罪を証明しなかったら、この方は、多分刑務所で人生を終える事になっていただろう。怖い!

この清水 潔氏が凄いのは、警察、検察が大組織で捜査し逮捕した人を、何年もたった後に、ひっくり返して無罪にしたという事である。普通であれば考えられない。

さらに驚くべきは、警察機関が総動員してあげられない(連続幼女誘拐)の容疑者をほぼ一人で突き止めることだ!信じられない!

 

ドラマではあり得るかも知らないが、現実問題として警察も検察も適当な捜査ではなく徹底的に証拠を固めて、起訴に持ち込んでいると思う。

それを民間の一記者がひっくり返す。

「そんなこと、ありえる?」と言っても事実だからしょうがない。長い間迷宮入りとなっている連続幼女誘拐殺人事件の容疑者を追い詰めるあたり名探偵並みの推理である。

これが、読み物としても下手な小説より圧倒的に面白い。

この本の凄いところは全て事実であり。この清水 潔氏の行動力である。

 

しかし、この本で清水 潔氏が訴えたかったのは、以前の本「桶川ストーカー殺人事件 遺言」と同様、日常に潜む恐怖であり。本来頼るべきものが、敵に回った時のさらなる恐怖である。

 

繰り返し言うが、我々はこの2冊を読むべきである。

 

つづく。

はじめまして! 治山です。 今回から、ブログというものに挑戦します。 「をとこ(男)もす(る)という日記というものを、社長もして心みむとて、するなり。」というか、 「つれづれなるままに・・。」という心情でしょうか。

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