日本一の工場

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田原コンサートという工場を知っていますか?日本一の工場!(と僕は思います。)

映画「三丁目の夕日」や「ひよっこ」に出て来るような街工場です。

夢と希望と人々の思いやりにあふれたあの時代にタイムスリップしたような工場です。

1960年の創業以来ずっと真面目に物づくりをしてきました。

 

昭和の高度成長の時代からオイルショック、バブルを経て、阪神大震災、円高、リーマンショック等々にも負けず、頑固にモノづくりを貫いてきました。

先代は、日本に数人しかいないと言われるマイスターの一人に選ばれました。

それを継いだ二代目。先代以上にスーツが好きで好きで、(サーフィンも大好き(余談)、スーツの事を語りだしたら、「クレージージャーニー」に出てくるような旅人と同様に熱く、ホントに楽しそうに語ります。

 

さらに、この街工場は、世界と勝負をしています。毎年田原で作った商品を、世界最高峰のパリコレのステージで、カリスマモデルたちが身につけて闊歩しています。

パリコレに出ている日本製のスーツを一番多く作っているのがこの工場だそうです。

一着一着、手作りで、同じものはありません。

そんな服が欲しくて、誰でも知っている芸能人や会社社長さんらも、口コミで田原を知り、ここにオーダーをしています。まるで、ミシュランに載っていなくて、知る人ぞ知る隠れレストランのようなものです。

 

何よりすごいのは、モノづくりに掛ける思い!プライドです。

田原でスーツ一着を作る工程は、なんと350工程。(袖をつけたり、表地と裏地を縫い合わせるといった工程)その工程一つ一つに人が絡んでいます。

どれくらい凄いかと言えば、ワイシャツでは30工程、その10倍。

普通の既製品のスーツと比べても(普通は200から250工程ほど)田原では、100工程も多い。さらに、工程全てを一流職人の手で手掛けている!

これをプラモデルに例えると、作るときのパーツの数や作業が30%増、つまりは、100以上多い事になる。いったいどんな完成度の高い物が出来るか想像つかない。さらにその全ての工程を名人が手掛けるとなると。

そんなガンプラ見てみたくないですか?

 

田原では、服地のカットから始まり、細かい縫製のほとんどが手作業で、特に最後の「仕上げ」と呼ばれる作業にその集大成がある。通常のスーツでは、一着5分から10分程度で済ませる所を田原は、2時間もかけている。

これを、自分の部屋の掃除に例えると、さっと5分で片づけるか(いつもの私(汗))

2時間かけて、きちんと整理整頓するかで奥さんの評価が違う(笑)

 

掃除と同じで、この350の工程、手をぬこうと思えば、いくらでも手抜きが出来る。

しかし、決して妥協しない。工場に漂う田原品質を守ろうとする空気が、それを拒む。

この工場に入り、その空気を吸ったが最後、2つのウイルスに感染する。その感染力たるや、インフルエンザ並みの威力がある。

一つは、明治神宮や伊勢神宮の森に一歩足を踏み入れた時の心が浄化される感覚。それに近い。

2つ目は、武道の試合で、日本武道館に入った時。試合の緊張感と負けられないとする意識。これが心に直接注入される。

 

そういったものが一着一着のスーツに作り手の愛情として縫い込まれる。

日本全国に何百と存在した国内独立系スーツ工場は、もう一桁しかない。

こういった工場を、残さないといけないと思う。これは日本遺産であり、我々の大切な財産である。

 

今回の学び「遺産とは、一人が始めて、仲間が育て、そしてみんなの財産となる。」

 

おまけ1

工場内に、ふと若い女性がいた、聞いてみると前歴はドイツにバレエ留学していて、そこで服に魅せられ、真のモノづくりがしたいと、この工場に来たという。いつか自分が作った服がパリコレのステージに立つことを夢見て。

 

おまけ2

ルノアールの父親は仕立て屋、母親は針子だった。だから、ルノアールが描く洋服は、非常に繊細で美しい。ただ、晩年、彼が一番得意としたのは、服を着ていない裸婦というもの面白い。

スーツの魔力2

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ラペルと言われる上着の正面の部分を天使の羽のように丸く立体にしよう!

そのために、表地と裏地の間に、馬のたてがみを縫い合わせて作った芯地を使う事を思いついた。(馬のたてがみは、軽く、張りがある)

袖の付け根部分を腕の丸さを生かしつつ、動きやすくしよう!

そのために袖の付け根の丸い部分にそって、「いせ込み」といわれる腕の太さよりかなり長い生地を折り込みながら縫っていく。提灯の上下の金具のワクの部分に紙をじゃバラにして折りたたんで突っ込んでいくみたいに。

提灯は、紙が折り込まれている折り目が見えるが、いいスーツは袖の付け根にしわがあるのは許されない。美しくない。(皆さんのスーツでも確認して下さい)

機械でもこの作業は可能だが、職人の針で一穴、一穴縫い、さらに別の職人によるアイロンがけで形を整えていくのに勝る方法はない。

肩から首に沿って富士山の2合目から5合目のように美しいカーブを作ろう!

そのために「登り襟」とよばれる、襟とボディーを別々に作り、首にスーツの襟が吸い付くようにピタリと収まるように職人のミリ単位の縫製を行う。

これが上手くできると、肩が軽く感じるのみではなく、くっついたら離さないような

一体感が生まれる。 

 

とまあ、スーツの「より美しく」、「より着やすく」を追求した技の数々を語りだすときりがないので、また次の機会に。

 

最後に一つ。

これらの手縫いの技術は、着れば着るほど体になじんでくる。

車でも家電でも、大抵のモノは、買った時が最高の状態。そこから劣化が進んでくる。

しかし、このスーツは、着れば着るほど良くなっていく。これもスーツの魔力である。

 

こういった長年作り上げてきた伝統、職人技が、「田原コンサートのスーツ」には全部ある。ラーメンでいうと「全部のせ」状態である。まさに贅沢である。

そんなスーツを、ぼくは今度オーダーした。少年のころのクリスマスや家族旅行を楽しみに指折り数えた日々がよみがえる。


おまけ 

日本の近代化はスーツで始まった。いろいろなものを西洋から取り入れた際、髪の毛と着物を早々に西洋化した。まさに見た目が変わることにより、人々の意識を変えていった。

ここにもスーツの魔力というか、力がある。

明治天皇が前触れもなく、スーツを着て人々の前に姿を現したそうだ。その時の人々の驚きは、想像に難くない。古き慣習を捨て、見た目を西洋化した勇気には驚く。

スーツの魔力

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諸説あるが、一説によるとスーツが誕生して今年で350年+2年となるそうだ。

「イギリス国王 チャールズ2世による衣服改造宣言 1666年」を起源。

これほど、長く、広く、世界中で人々に愛されてきたウェアは数少ない。

この魔力に取りつかれたのは、世界の元首はじめ、セレブ、果てはジェームス・ボンドやキングズマンまで数知れない。

さらには、そのスーツ道を見極めようと、世界中の職人たちが今も腕を競っている。

より美しく、より着やすく!を求めて。

 

僕自身も、この業界に身を置いて20年を超えた。

先日、改めて「スーツの魔力」に触れた気がした。

まず頭に入れていただきたいのは、スーツは、立体服だということ。(スーツ以外の大抵の服は、それ自体は平面であり、着用して初めて立体となる。しかしスーツは、着る前から立体である。)普通にハンガーにかけても腕や胸の部分に膨らみがある。

しかし考えてみると、布は平面、たよりないほどヒラヒラしている。

 

その布から立体の服を作る。これは思うより難しい。

単純に平面のものを、立体にしようとする時、素材自体にハリコシがあり固くすれば問題は解決する。しかしそれでは、着心地が悪い。中世の鎧や宇宙服などは着心地が最悪だろう。

「ヒラヒラした布を美しい立体にせよ!」このミッションに対し歴代のスーツ職人は、考え、苦労し、試行錯誤しながら独自の方法で実現してきた。それはまるで平面の絵をいかにも立体であるように見せる、といったダビンチやピカソのような画家の作業に似ている。

さらにスーツ職人は、画家にはない難題を突き付けられる。

「着にくい物は、スーツではない!」

ただ単に立体では失格。着やすくして初めて合格となる。

スーツは芸術品であり実用品。見て美しく、着て美しく、そして快適でないといけない。

 

さあ、それから職人は悩んだ。どうすればいい?

 

つづく。

人間力

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シンギュラリティは、思っているより早く実現するだろう。

一般に2045年ごろと言われているが、おそらく前倒しとなると思う。

現時点でも人間最後の砦、「脳」に関しても個々の能力では、再来年あたりで人間の脳の機能を模倣できるハードウェアが10万円程度で手に入り、2050年には地球上のすべての人間の処理能力を超えるコンピューターが同じく10万円程度で買えると言われている。

また、サルの段階だが、脳にセンサーを埋め込んで思考だけでロボットを動かすことにすでに成功している。将来は脳とコンピューターが実際に接続するという。

 

その時、全ての能力において人間は機械に劣るようになるのか?

我々の仕事も全て機械にとって代わられるのであろうか?

「そんなことはない!クリエーティブの分野は、最後まで人間でなければ!」と言われているが、最近では小説までAIが書き、判断業務においても、社長の代わりさえ出来ると言われている。僕も失業?(笑)

ああ、人間の残された分野は、無くなるのか?

 

話は変わるが、

7月3日から九州、四国、中国を舐めるように豪雨による大規模災害があった。

西日本中心に広く店を展開している当社も店舗被害を受けた。

水没、破損、雨漏り、など信じられない現実がそこにあった。

 

被害は広範囲に渡り、水没により営業停止を余儀なくされた店舗は、九州と四国であった。

もちろん本社がある岡山でも、営業停止までにはいかなかったが、大きな被害を受けた。

中には、実家を親御さん用に改装し、両親を看ようと実家の近くに姉夫婦が新築を立てた直後、2軒とも川の氾濫により被害を受けた方もいた。

他にも床上浸水、車水没、避難所生活を余儀なくされたスタッフ、そのご家族も多数いる。これらの現状を聞くたびに、胸が詰まる。心よりお見舞い申し上げる。

それでも今回、まだ安堵したのは、スタッフそしてそのご家族に、ケガ人や命に係わる被害がなかったという事である。

 

その中で、今回一番印象に残った話をしよう

いささか手前味噌になるが、当社は、本当に「いい会社!」という事を改めて強く感じた。

阪神大震災、東日本大震災、熊本地震など、こういった災害があるたびに、当社のスタッフの温かさを感じる。

 

被害を受けた店のため、スタッフのために、いち早く現地に行きサポートした社員。

一晩中、安否確認のため、連絡を取り続けた本部スタッフ。

現地では、地域の方々のために、一日も早い再開を目指して、悪臭の中、店内のドロ取りや清掃をおこなってくれたスタッフ。

自らも被害を受けたにもかかわらず、明るく元気に地域のお客様対応をしてくれたスタッフ。そして、少しでもと社内義援金窓口を開設し、開設するや全国から個人寄付をしてくれたスタッフ。

これらは、誰に指示されることなく、みんな自分の意思で動き。仲間を助けるために働いた。

 

これらのスタッフをいつも誇りに思う。

東日本の震災の時にも「絆」という言葉がよく見られたが、震災のたびにその絆が、より広く、多く、太くなっていく。

 

これはコンピューターには出来ない事だ。現状では指示をされない限りコンピューターは動かない。

いずれシンギュラリティの時代となって自ら考え動くようになっても、温かい心がないとこういう行動は起こさない。

自分を犠牲にして動くということ。

損得で考えると、どう見ても損と思えることをあえてやること。

これは、どんな時代になっても人間でしかできない事ではないかと感じる

 

今回の学び「雨降って地固まる。そして豪雨が降るたびに他人が濡れないように傘をさす仲間が増える。また、うれしからずや。」

 

おまけ1

先日 JALの岡山から東京便で、CAの最後の挨拶

「本日は、ワンワールドアライアンスパートナー 日本航空をご利用頂き、「ぼっけい」

有難うございました」 客席からあふれる笑い声!

これも機械で自主的にはできないだろうな。

 

おまけ2

鉄腕アトムの最終回は、本文の最後のまとめと違い、たしかアトムが自分を犠牲にして人類を助ける。よく考えてみれば、ターミネーター2でも。未来は、どうなる?

日常の恐怖8

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正義の味方は孤独である。地味である。そしてしつこい。窮屈な車内で、何日もひたすら犯人が現れるのを待つ。警察という大きな集団ではなく、一人、もしくは数人の仲間と共に。犯人がマンションの玄関から出てくるのを。

見続けすぎて、玄関の映像が網膜にプリントされ、目をつぶっても、それがくっきりと出る位、永遠と待ち続ける。

普通の人では無理だ。これをやったからと言ってお金が入るわけでもなく、名誉も出世も何も補償されない。それでも自らの良心から来るエネルギーを燃やし続けて犯人を追う。これを正義と言わなくて何が正義だろう。

彼には、相手を一撃で倒す必殺技などない、特殊な身体能力、武器もない。彼の最大武器は、しつこさだ。ただ小説や映画と違い生身の人間である。彼には家庭も生活もある。  

しつこくさイコール時間である。その時間を彼らは、身体、生活、家庭を犠牲にして作る。

休日や睡眠時間を犠牲にした時間。正直ここには「働き方ウンヌン」は一切ない。身体がボロボロになりながら、疲れがピークに達しようが、家族との約束があろうが電話一本で呼び出され、動く。長年一緒にやってきた数名の仲間も同様である。

ヒーローは、我々と何ら変わらない弱い生身の人間である。

 

決して映画やドラマにはならない。なぜならば、時間が長すぎる。地味で動きがない、そして見ていても全く面白くない時間が永遠と続く。

 

本当にジャーナリストとして、人として「清水 潔」氏はすごい。

 

僕自身 有難いことに個人的に相談に乗ってくれ、助けてくれる方々。警察、マスコミ、弁護士、自衛隊、権力者、あるいは、お偉い先生などなど知り合いは、非常に多い。彼らは、知り合い故、困った時には親身になってくれる。

 

しかし、ヒーローは見ず知らない人を助ける。自分の正義感に従って自分の身を削って助ける。清水さんこそ、本当のヒーローである。

彼が日本にいるだけでも、良かった。

この方がジャーナリストにあったために、救われた人も多い。

そしてその志を継ぐジャーナリストがいることだけでも、まだこの国は救われる気がする。

そんな勇気ももらえる本である。ご興味があれば、ぜひ!

 

このシリーズ。長々とお付き合い頂き、有難うございました。

 

今回の学び「ペンは剣より強し。ペンは清水 潔!」

日常の恐怖7

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怖い話ばかりが続いたので、最後は明るく締めたいと思う。

(あまり明るくないけど)

 

幼い頃から、"正義の味方""ヒーロー"に憧れてきた。

丁度、僕の小学生時代から、次々とスーパー戦隊シリーズがスタートした。

名前を挙げて行けばキリがないほど。

 

そしてこの年になって分かった。

本当の正義の味方は、そんな彼らとは正反対の「控えめ」で「目立たず」、

「小さなことをこつこつと積み上げ」、ましてや「腕力に頼ったりもしない」

巨大な敵の攻撃に何度もくじけそうになりながらも決して諦めず、一番弱い者のために我が身を犠牲にして戦う。そんな一見普通の人こそが真のヒーローであると。

 

「桶川ストーカー殺人事件 ――遺言」 新潮文庫 

「殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」新潮文庫 清水 潔

彼をヒーローと呼ばずにして誰をヒーローと呼ぶのか?

 

つづく。

日常の恐怖6

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実際、この本に出てくる「足利事件」(実話)ではそうだった。「冤罪」だった男性

は無実の罪で17年以上の間、刑務所に閉じ込められた。これは怖い。

 

そこに現れたのが異質な一人の記者。 清水 潔!

彼が、冤罪を証明しなかったら、この方は、多分刑務所で人生を終える事になっていただろう。怖い!

この清水 潔氏が凄いのは、警察、検察が大組織で捜査し逮捕した人を、何年もたった後に、ひっくり返して無罪にしたという事である。普通であれば考えられない。

さらに驚くべきは、警察機関が総動員してあげられない(連続幼女誘拐)の容疑者をほぼ一人で突き止めることだ!信じられない!

 

ドラマではあり得るかも知らないが、現実問題として警察も検察も適当な捜査ではなく徹底的に証拠を固めて、起訴に持ち込んでいると思う。

それを民間の一記者がひっくり返す。

「そんなこと、ありえる?」と言っても事実だからしょうがない。長い間迷宮入りとなっている連続幼女誘拐殺人事件の容疑者を追い詰めるあたり名探偵並みの推理である。

これが、読み物としても下手な小説より圧倒的に面白い。

この本の凄いところは全て事実であり。この清水 潔氏の行動力である。

 

しかし、この本で清水 潔氏が訴えたかったのは、以前の本「桶川ストーカー殺人事件 遺言」と同様、日常に潜む恐怖であり。本来頼るべきものが、敵に回った時のさらなる恐怖である。

 

繰り返し言うが、我々はこの2冊を読むべきである。

 

つづく。

日常の恐怖5

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99.9%―刑事専門弁護士」というドラマを見ていた。

たいそう視聴率が良かったと聞いている。

日本において検察が起訴したら最後、99.9%の確立で有罪が確定するという。

それを主役をはじめ弁護士チームが、そのほぼ有罪をひっくり返すというドラマだ。

見ていて面白いが「あくまでドラマの話!うまく出来すぎているよね。」

とバラェティ感覚で見ていた。

 

しかし、実際は、もっと深刻なことがある!!という事を知った。

「殺人犯はそこにいる」新潮文庫  清水 潔

 

皆さん、「冤罪」と聞いてどう思いますか?

正直に言うと、これまで僕は、釈放はされても被告は「無実」ではなく

限りなく黒に近いグレー(服装業界で言うとチャコールグレー)なんじゃないか?と思っていた。

 

しかし、よく考えるとそうではないことに気づく。

「無罪」という判決が出た以上。冤罪であり、被告は「無罪」であるという当たり前の事実がそこにある。

しかもさらに熟慮してみると、いったん「有罪」と決定した裁判で「無罪」を勝ち取るのは、初めから「無罪」を勝ち取るより難しいだろう。

判決をした検事、裁判官も全力で有罪を主張するだろう。よくてテレビであるように・・。

それは0.1%どころではなく、0.01%(一万件に一件)より確率が低いのではないか?

人は間違いを認めなくない。裁判官も一度判決をしたものを「我々が間違っていました。」という事を認めたくないだろう。

これにプライドや「権威に傷がつく」といった感情が入ると、より難しくなることは簡単に想像がつく。

 

つづく。

日常の恐怖4

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女子大生が、集団で暴力的な極悪な男らに狙われて、自宅までつけられ、家族、友人まで徹底的に脅され命を狙われる。

男が繰り返すのは次のような言葉。

「天誅が下りる。」「普通に生活できないようにしてやる。風俗で働かなきゃならないようにしてやるんだ。」「知ってる?人を殺すって簡単なんだよ。人に頼めば数万円でもできるんだ。」「親にも責任があるんだ。仕事をできないようにするか、さもなければぶっ殺すかだ。やる時は、自分が信用している仲間が動くんよ。俺にはそんな仲間や部下がたくさんいるんだ。」

思い余った彼女は、警察に助けを求める。何度も何度も助けを求める。しかし、警察は笑って取り上げてくれない。そして、彼女はその男たちにありとあらゆる嫌がらせを受けて・・・・。殺される。

こともあろうに警察はその記者会見でさえ笑っている。

にわかに信じられない事件が実際に起こった。 

本来助けてくれるべき人が助けてくれない。

どうすればいい?

どうしようもない。

ただ、そういう事がある事をまず知ろう。この本を読もう!そしてそういう事の出来る限り巻き込まれないようにしよう。それしか言えない。

 

桶川ストーカー事件の被害者、詩織さんは2度も3度も殺された。犯人に殺され。そしてこともあろうに地元の警官に見捨てられ、ご家族はいわれなき非難も受け、更には裁判でも。

正直、信じられない。

私自身、地元県警や警察庁に知り合いも多い。彼らの正義感や日頃の仕事ぶりを見ていると、この本に出てくる捜査員や県警は別の国の警察に見えてくる。

彼らによって汚された、一生懸命、命を張っている警察官を思うと気の毒に思う。

 

つい平和の中で忘れがちだが、我々の生活の中には、多くの日常の恐怖は存在している。

その中で加害者、被害者が生まれる。生命までも傷つけられたり、奪われたりする時、

これも忘れがちだが、唯一公的な権力として守ってくれるのは警察だ。だから我々は警察を頼り、尊敬し、信頼する。その信頼関係が永遠と続き、そしてこういった事件が二度と起きないことをつとに願う。

 

つづく。

日常の恐怖3

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夜中に大けがをして、救急車で運ばれる。病院に着く。「ああ助かった」と思いきやお医者さんたちは何もしない。出血はどんどん続く、意識は薄れて行く。そして・・。

 

突然の出火。自宅に火の手が上がる。119番。運よくすぐに消防車が来てくれる。それも一台ではなく、何台も。しかし、到着したまま、燃えているのを全員が黙って見守っている。その間、火が家全体を包んで炎の中、家が崩れ落ちて行く。全てが燃えて行く。そして・・。

 

助かったと思った分だけ、余計精神的なショックは大きい。

 

本来、当然助けてくれるべき人が助けてくれない場合、一体誰に頼ればいい?自分で解決するしかないのか?

 

病院、消防署と同様、警察が守ってくれないとどうなるのか?世の中は不秩序状態になり、我々は安心して生活できないであろう。ましてや警察が犯人側についたら?

そんなわけない。日本の警察は世界一。戦争中や、どこかの国の話と違って、現代の日本にはありえない。

そう思っていた、この本を読むまでは。

 

そうです、今回も清水 潔作品の紹介です。

「桶川ストーカー殺人事件 ――遺言」 新潮文庫

 

つづく。
はじめまして! 治山です。 今回から、ブログというものに挑戦します。 「をとこ(男)もす(る)という日記というものを、社長もして心みむとて、するなり。」というか、 「つれづれなるままに・・。」という心情でしょうか。

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