そしてブルゾンちえみである。

当日に、24時間90キロを走る事を告げらえて、立派に走り切った。

指名を受けて、武道館に登場した時から、最後まで緊張とはにかみを同居させていた。

変に、はしゃいだり、えらそぶったり、表情を作ったりする事なくもくもくと走り切った。

 

その姿を見て、「ああ、岡山県人だな」と感じた。

『そもそも私が、この国民的ランナーとして走っていいのだろうか?』『ただ、走る限りは、どんなことがあっても完走しよう!というより、しなければならない。』そんなことを考えていたのだと思う。

岡山県人は、多くの面を持つ。

やはり田舎もんであり、何かをきっかけにタガが外れたようにはしゃぐが、基本まじめでぼくとつである。素朴で泥臭いけど味がある、ちょうど備前焼のように。岡山で備前焼が出来たのも偶然ではないのかもしれない。

千鳥の大悟が、(岡山県人)いつも自分のネタを言いながら思わず笑う。一種の照れ隠し、ああいった少しシャイな所も岡山県人である。

ブルゾンちえみも、先ほど言ったように、ぎゅっと真一文字に結んだ口のあの表情で、緊張とはにかみ、そして絶対完走しなければいけないという責任感に押しつぶされないように必死の表情だったと思う。

 

最後、武道館のゴールで「貴重な体験をさせて戴いて有難うございました。」と深々と頭を下げた。彼女の派手さはないけどひたむきな24時間の走りが、元気をくれた。

 

あっぱれ、ブルゾンちえみ! 岡山県人の誇りです。

 

今回の学び「涙の数だけ強くなれる。ブルゾン一つで、暖かくなれる。」

 

おまけ1

細かい話だが、最後のきめポーズのWITH Bがおなかに文字を書いて「おめでとう」「完走」と書いていたが、立ち位置が左右反対で「完走 おめでとう!」を狙っていたのでは?

 

おまけ2

今回 いろんなギネス記録が出たが、ブルゾンちえみのメイクの落ちない度合いと石原さとみの24時間続いた可愛さはギネス級だった!

今年も24時間テレビを見てしまった。

とぎれとぎれに見たけれど、感動の連続で、改めて自分の涙腺が緩くなったのを確認した。

 

見ていて、気づいた。

そう、24時間テレビは、一年に一度、我々日本人に(もちろん日本人だけはないが)良心とか、やさしさなどをチャージしてくれる「充電器」のようなものだと。

チャンネルを合わせば、24時間、どのコーナーを見ても、優しい気持ちにしてくれる。

 

日々、慌ただしい日常の中で後回しにしている、他人との思いやりであるとか、ハンディキャップを持った人たちへの関心とか、あるいは家族の絆とか、決して忘れてはいけないことを思い出してくれる。

もう40年も続いて、毎年凄い視聴率を出しているという事は、まだ日本人が良心とかやさしさを忘れていない証明だと思う。決して終わらせてはいけない番組だろう。

 

今回も番組では、肉体的や知的ハンディキャップを持った人々が多く取り上げられていた。その視点は、決して哀れみや同情などではなく、まっすぐに生きる彼らを正面から捉えていた。そのありのままの姿が、深い感動をよんだ。

知的障害を持って学校で「バカ」と言われた女の子が「私はバカなの?」と母親に聞く、肉体的障害を持った子供が「めんどうをかけてごめん」と両親に謝る。誰も悪くないのに、厳しい境遇を与えられ、それに負けずに一生懸命、今を生きている。そしてそれを支える人たち。

本当に生きる勇気を与えてくれる。

 

この番組が、夏休みの最後の土日と言うのも、意味があるのだろう。多くの学生が翌週から学校が始まる。彼らが勇気と元気と愛情をもって、学校に行くのを後押ししてくれるようである。

 

どの瞬間でも、今抱えている問題が果てしなく大きく解決できない問題だと感じる。そして永遠に続くとも思う。しかし、24時間テレビに出ている人たちが、教えてくれるのは、どんなつらい境遇でも、いつかは好転し、乗り越えられるという事である。

人生を壊す前に、心が壊れる前に、周りに必ず助けてくれる人がいる。という事を気づかさせてくれる。

 

今回の学び「心のチャージにお金はいらない。時間は24時間あれば足りる。」

前回に引き続き、山下達郎、そのすごさについて語ると。

御年64歳! (何度もすみません)

とにかく体力、声力が凄い。

 

2008年からライブ活動を復活してここ10年ほど毎年5060日本中の会場を回るらしい。

今年も49回こういったライブを日本中でやるらしい。中野サンプラザも2日公演。一回だけでも疲れるのに、たぶん3時間以上を2日続けてやる。神だ。

 

「中野サンプラザ」

なぜ中野サンプラザと言えば。80年代最も使った会場らしく、自ら「聖地」と呼んでいた。

もちろん、ここだけではなく国各地でライブを行う。そして時には、ラジオの収録ライブも。

先日のそれは1日200人限定の狭い会場でやったらしく、その時の応募がなんと6万通ほど来た。

それを見て、スタッフが興奮して「東京ドームで出来ますよ!」と言ったが、それを聞いて本人は一言「絶対やらない」と。

 

実際、体力的にも金銭的にも東京ドームでやる方が、よっぽどいいらしい。東京ドームで一回やれば中野サンプラザで25回もやらなくてもいい。

しかし、本人はお客様の体温が感じられる会場でしかやらないと決めている。そしてそれを50年以上もやっている。お金ではない。それが生き方なんだと。

確かに今回の中野サンプラザのライブでは、全員が一つになり、キャンプファイヤーのような

一体感があった。やっぱりここなんだろうなと思う。

 

ちなみにCDの聖地は「銀座山野楽器」らしい。達郎さんのCD売上日本一はずっとここらしい。これもすごい。

 

山下達郎という生き方を語る時、今回のライブで達郎さんから聞いた"4つの言葉"が全てを

表している

1.なぜそこまで、1ステージ時間以上も、一生懸命にやるのか?

「もうこんな年だから、明日出来なくなるかもしれないから、今日やれる事は全て

 やろうとして、うたっている。」

2.「僕は、今の世の中を憂いたり、政治に対してもいろいろと思う事もある。だけどその

 考えテレビに出て、あれこれ言うことはしない。僕はシンガーソングライターなの

 で、曲で自分の思いや考えを表し、伝える」

3.「みんなで少しずつ協力すれば、世の中が良くなると思う。みんなで協力して、

     いい世の中にしていきましょう」

4.「音楽は、みなさんを救うことは出来ないかもしれないが、みなさんをいやしたり、

  励ましたり、勇気づけたりすることが出来ると思う。」

 

(メモと取っていたわけではないので、一言一句合っているわけではないが、こういうことを言われていたと思う。)

 

今回の学び「ぶれないことは、美しく、そして強い」

友人の誘いで、山下達郎さんのライブに行った。

場所は中野サンプラザ。渋い!生まれて初めて、中野サンプラザの会場に入った。

席は外観のイメージに比べ、狭い感じの2000席。ステージまで近いという印象。

 

さて、山下達郎さんである。

もちろん山下達郎さんは知っている。ベストCDも持っている。

ただし、僕の達郎さんのイメージは、80年代90年代で止まっていて最近の新作はほぼ聞く機会はなかった。むしろ奥さんの竹内まりあさんの方が、関心が高かった。

これが、ライブが始まる前の印象。

それが、ライブ後 本当に感動し、次回のコンサートも絶対行こうと思った!

それは僕だけではなく、一緒に言った同世代の連中も全員同じ考えだった。

 

何が僕らを変えたのか。さあ、それを皆さんと共にライブで中継致します。(ただし、ページの限りがあるので、ハイライトで許してください。)

 

まず、とにかくおもてなし力がハンパない。人を喜ばせるとはこういう事かと学んだ。

3時間!のステージを終えてもさらに、繰り返し繰り返しアンコールに答えてくれ、それも1曲、2曲ではなく徹底的にやってくれる。さらには、(こんなことは初めて見たが)会場の電気がついても(終了したので、早く帰れと言わんばかりに電気がコウコウとつく、あれである。)舞台に袖に立って達郎さん自ら感謝の頭を下げる。

結局、終わったのはなんと3時間40分すぎ!

その間、最初から最後まで、達郎さんは出ずっぱり、トークを除くとうたいっぱなし。それも、一フレーズたりとも手を抜かず全力投球である。

そう、達郎さんは、御年64歳!もうこれだけでその体力に驚く。本当にアスリートだ!

さらに、その声は、まじで凄い。オペラ歌手なんて生易しい、その声は、サイレンか地響きと思うぐらい大音響である。聞いていて、胸にずしんずしんくる。

たぶん声でろうそくを消したり、ガラスを割る事も出来るのではないかと思う位凄い。

もう一度言うが、御年64歳である!

大抵、年を取ると声量が衰えるが、全くそんなのはない。化け物だ(決して容姿を言っているわけではないです(笑)

その大音響で、3時間30分以上うたいっぱなしなのである。160キロの直球を18回くらい投げるようなもの。

 

コンサートは、まずはリズミカルなナンバーから始まり、バラードも盛り込み。我々の懐かしいナンバーも随所に入れてくれる。

単に一本調子で歌うのではなく、様々な嗜好を凝らしている。

普通の6人+バックコーラス3名の計9名の編成から。途中 ギター、ピアノ 達郎さんの3人だけの演奏で泣かせたり(これが最高!)

海外のカバーも数曲「スタンドバイミー」(これもまたいい!)

さらには、圧倒的な歌唱力のアカペラ(想像できるでしょ、この良さが)

バラードでしっとり来たかと思えば、いきなりベースやピアノ対 達郎さんの声のセッションが始まる、「セッション」と言う名作映画が近年あったが、とにかく楽器と楽器の掛け合いと言うより撃ち合いに近いものを声と楽器でやる。それがまた楽しそうに。

さらにさらに、「俺のキャラとは違うんだよね」と言いながら、我々には嬉しい達郎さんの提供の曲、マッチの「ハイティーンブギ」などで大いに盛り上げる。

 

そして、クライマックス近くになると、夏の歌から、突然 冬になり「クリスマスイブ」が始まる。

生達郎の「クリスマスイブ」は例えようのない。

そして、エンディングは80年代、90年代の曲を中心に途切れなくメドレーで30分くらい歌いまくる。

会場は総立ちで、80年代のディスコシーンを彷彿させるように全員が一つになり、踊りまくる。たぶん会場の温度は10度くらい上がっただろう。

幕が閉じて、十分満足して、「さあ、終わった」とも思いきや、先ほど言ったように何度も何度もアンコールに答えて、会場を盛り上げ続ける。

3つ星のフルコースを4~5回味わったような感覚だった。

 

そして、随所に我々に対する感謝の言葉、態度。

会場を後にする人たち全員が例外なく、興奮と、満足感と笑顔に包まれていた

山下達郎と同時代を生きられたことで、本当にありがたいと思う。

 

本日の学び 「同世代を生きられた事で、とても嬉しく感じられる人がいる。そんな人になれたら最高だろう。」

「ライブに行こう!」

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ここのところ、AIとかIOTという言葉が新聞に出ない日はないくらい、いわゆるブームである。かく言う当社も、その波に乗り遅れないように必死でしがみついている。

その中の一つ、VR(バーチャルリアリティ)の期待が高まり、もう家を出なくても海外旅行が出来たり、あるいは空を飛べたり、水中を泳げたりする事もそんなに先ではないだろう。もはや我々は、わざわざそこに行かなくても大抵のことは出来るようだ。

 

例えば、コンサートなども、必死でチケットを取り、その日はずっと前から他の予定が入らないようにキープ。当日は少し早く行って入場の列に並び、そして人ごみに押されながら席に着く。野外だと暑さ、寒さもあり、始まっても広い会場だとお目当てのシンガーは、一寸法師くらいしか見えない。大抵は、飲食はダメ、長時間のコンサートになるとトイレも我慢しなけりゃならない。ああ、大変だ(涙)  

となると、やっぱりVRが最高!快適な部屋の中で、移動時間ゼロ。自分の好きな時間に好きなだけ見られる。途中食事やトイレで中断も出来る。将棋や碁と同じく、「ITの勝ち!」という事でめでたしめでたし!

 

「ちょっと待った!そうは問屋が卸さない!最近、生のライブやコンサートに行った事、あるの?」

 

かく言う僕も、ライブやコンサートなど、もう何十年もご無沙汰で、早くVRの時代が来ないかな?的な発想をしていた。そんな僕が、先日 友人に誘われてライブに行った。

 

その結果。一言!「ライブに行こう!」

本当にライブはいい!人間の人間による娯楽。それがライブだ!VRの楽しみはアンドロイドに任せておけばいい。ライブこそは生きてて良かった体験の一つである。

 

まず、実際ライブに行って、やってみた。ライブ会場で、目を閉じて聞いてみる。

それは最高級のスピーカーを用意して特別室で聞いた音楽と同じではないか?と思うでしょう?なんせ目を閉じているのだから。

それが、全く違うんですよ!

しいて例えるなら、(そんなものがあればの話だが)内装も光も温度も、また香りや音楽さえも非常によく出来たハワイ風の「日焼けサロン」と、本物の「ワイキキビーチ」で寝転がって日焼けしているのと同じくらい違う。

同じように焼けると思うが、その体験は全く違う。分かるでしょう?

 

で、自らの体験を元に、ライブとバーチャルの違いは何か?

独断と偏見の結論を言えば、「心が震えるかどうか。」という事。

  五感(視覚、聴覚など)までは、バーチャルでごまかせるかもしれない、しかし第六感、つまり心はバーチャルではごまかされない!これがライブ。

  1分前まで、全く知らなかった横の人、あるいは周りの人といつの間にか共に笑い、共に感動し、一緒に手を叩いて踊っている。これもライブ

  演奏家だけで作るものではなく、自分も含めた周りの人全員が作る。だから感動は、1倍ではなく、100倍でも、1000倍にもなる。これもライブ。

  音に出ない、言葉にも出ない、演奏者の人間そのものが伝わる。これもライブ。

つまり歌ったり、サックスを吹いたり、ベースを弾いたりして出た音ではなく、その音を出している人の感情とか生き方と言ったものが直接感じられるという事。

余談だが、辻調理士専門学校の理事長の辻さんが、以前テレビで「子供のころに、家族でレストランに行った時、それを作った料理人の年齢や経歴を当てるゲームをやっていた。それが結構当たる。」というような事を言っていたが、確かに出された料理で、その人の性格や、人生までも見える時がある。とそれと同じ。

 

そう考えると、

最初に書いたライブ特有の不便さも、全てライブを心で味わうための演出であり、効果となる。つまり、

  3時間以上小さな椅子で座っていると、お尻が痛くなる。これもライブ

  汗だくの中で、何時間も窮屈な空間の中で応援しているのもライブ

  トイレを我慢して、あるいは空腹を我慢して、というより途中からそれさえ忘れて、終わった後にトイレに駆け込んだり、おなかが鳴るのもライブ

  公演後、人ごみの中、長時間かけて、会場を出るのもライブ

  そして最後、帰り道で先ほどの曲を無意識に鼻歌でも歌っていて、ふっと気づいて周りを見るのもライブ

 

振り返ると人生、苦労したり、きつかった方が印象に強く残っている。ライブとは生きる事なのである。

 

今回のまなび「ライブとは、生きる事である。」

乃木坂46「インフルエンサー」

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先日テレビドラマを見ていて、(確か「小さな巨人」か「クライシス」?)
上司が部下に「どんな所に行っても成功するための条件は、何だか分かるか?」と問うた。
答えを探っている部下に向かって「それは、覚悟だ!」と言い放った。
(少しセリフは正確ではないと思いますが、意味はこういう感じでした。)
確かに真理である気がする。

乃木坂46は当社のキャラクターとして、大活躍してくれている!
5月19日から流れ出した新CMも大評判となっている。
西野七瀬さんが失踪?と思いきや、ラクダにのって上機嫌で登場。という異色CM。
詳しくはテレビかユーチューブで・・。

このCM制作等で、彼女らとお会いする機会があった。
彼女たちの印象は一言で言うと「本当にいい子たち!」
外観以上に内面からでる可愛らしさと素直さ。さらにとても礼儀正しい。
人気が出るのも当たり前だなと思う。
聞けば、彼女たちは日々ぶっ倒れるまでダンスや歌の練習を重ね、寝る間もなく活躍しているらしい。にもかかわらず、一旦、現場に来るといつも笑顔で礼儀正しい。
細かい所にも手を抜かず、常に全力の一生懸命さが伝わってくる。まさに覚悟をもって仕事をする「小さな巨人」たちである!
見ている我々も彼女たちの「覚悟」には、頭が下がるクライシス!(位です!)
・・今回も出ました親父ギャク(苦笑)

彼女らにとっての「覚悟」はどこから来ているのか?たぶん、乃木坂46というプライドであり、そして仲間に迷惑はかけられないというチームワークと責任感であろう。

そしてその「覚悟」が我々に伝わり、さらには直接会っていない現場のスタッフにも広まり、全員が覚悟の「熱病」に感染してしまう。彼女たちのウイルスは強い!
これまで彼女たちと組んで、「ストレス対策スーツ、フレッシュマン、燃焼系スーツ スラテクノ」など一緒にキャンペーンを行って来た。これら全てがヒット商品になっている。今回のアイシャツも、200万着を超えが早まるだろう。
これは、偶然ではない。彼女らの「覚悟」の集団感染によるものだと思う。
まさに彼女たちは、覚悟の「インフルエンサー」である。

皆さんもぜひ、これらの商品に触れてみて下さい。商品に触れると乃木坂46の彼女らの「覚悟」のウイルスに感染出来ます。
思えば乃木坂46のマークは、右肩上がり!当社も業績右肩上がりであやかりたい(笑)

今回の学び「すごい覚悟は、ウイルスのように周りのみんなを感染する。」

笑顔0円

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 先日、都内のマクドナルドにいた時、突然、若い女性クルー(スタッフ)がフロアーに来て、
いきなり
「これから、お客様が多くいらっしゃる時間になりますので、大変申し訳ないのですが、長時間おられる方でお席を空けていただける方がいらっしゃいましたら、ご協力よろしくお願い致します。」
と深々と頭を下げて言った。

これを聞いて僕は、『確かにそうだよな?周りを見渡すと図書館替わりか、公園のベンチ変わりにしている人も多い。店としても効率が気になるな』と同意する一方で、
『最近のマクドナルドは、結構やるな、一つ間違えると反感を買うかもな』とも思った。
 
さあ(マク)ドうナルのか?とシャレをかましながら周りを見ていると・・。
さて、ここで問題です!みなさんは、何人くらいの方が帰ったと思いますか?

答え:なんとフロアーにいた100人位の人の約半分!の方が、帰っていった。(本当に日本人は優しい)
た、それを見て間髪を入れず、クルーの「有難うございます!有難うございます!またのお越しをお待ちしております!」とウグイス嬢の様なよくとおる声がフロアーに響き渡った。
潔く帰っていった人たち、それに感謝するクルー。両者の心が通った感じでとても気持ちが良かった。
後に聞いた話では、マクドナルドでは、着ているユニフォームの色によってポジションが違うらしい。
紺は新人、黒はマスター。社員か全ての作業が出来る人。
そして彼女のユニフォームは赤だった。赤は「接客のプロ」と言われるらしい。まさに、嫌みのない「プロ」らしい対応だった。接客やお願いは、態度、言い方ひとつでお客様の印象が全く変わると再認識させられた瞬間であった。

今回の教訓「笑顔は0円であり、プライスレス(値段のつけられないもの)であり、会社にとっては、無限の価値があるもの!」

祝優勝 ガルシア!

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マスターズは特別なトーナメントで、いつもこの時期になると朝早くからテレビにかじりついて、選手たちの神業に心を揺さぶられる。

しかし、今年の大会はそれ以上の意味を持つ大会になった。

ご覧になった方は、お分かりと思うが、最終日の後半からローズとガルシアのマッチプレーのようになった。

常に冷静なローズに対して、崩れそうになりながらもガルシアが首の皮一枚で留まり、さらに立ち直ってスーパーショットによってイーグルでトップを奪うと、負けじとローズがバーディーで並び返す。最後の最後18番ホールでもスーパーショットを繰り返し、決着がつかずプレーオフとなった。

この死闘ともいえる戦いの中で、お互いをたたえ合い、最高のショットで一歩も譲らない。いつの間にか正座をして見ていた。テレビを見ながら、本当に心が熱くなった。この二人は僕にとっては特別だ。

なぜなら、僕はこの2人とラウンドしたことがある。

もう10年以上も前で、確かローズもガルシアも20代半ばか前半だったと思う。僕も30代だった。

ローズ君は、色白でまだ本当にあどけなさが残る美青年。やたら背が高く、はにかみ気味だった。一方ガルシアは、ラテン系特有の茶目っ気たっぷりのいたずらっ子のようで、常に明るく、憎めない感じがした。一見小さく見えても、筋肉もりもりの骨太だった。

二人とは、とても気が合い、日本の陶器のカップを渡すとすごく喜んでくれた。

それから10年以上の時を経て、その彼らが最高の舞台で、戦っている。

彼らの顔を見ると、僕も含めお互い年を取ったなあと思う。ただ、とてもいい歳をとったと思う。

ローズ君は、あのあどけなさやはにかみ気味な様子は全くなく、どんな場面でも慌てず、乱れず冷静に判断する、まさに勝負師の顔になった。ガルシアは、感情を隠さない点は昔と一緒だが、ここぞという時には、目の奥に炎が燃えているような格闘家のような表情がある。

 

ココ・シャネルが「20歳の顔は自然の贈り物、30歳の顔は生活の結果、50歳の顔はあなたの功績」と言った。

2人とも、この15年くらいでいろんな修羅場をくぐり、勝負をしてきたのだろう。

今回、ガルシアは初のタイトルを取った。

本当に嬉しい!おめでとう!

ローズは残念だったけど、必ずチャンスがあると思う。

 

いつか、彼らとまたゴルフをする機会があったら、何を語ろう。語らなくてもお互いの顔を見て、いろんなことがあったけど、お互いいい人生を歩んできたなと笑い合えたら最高だろう。それまでに、彼らに負けないようにもっともっといい顔になりたいね。

 

今回の教訓「『人は見た目が9割』というのは、年を重ねるごとに、その人の人生が9割顔にでるという事かもしれない。」

 

追伸

Dear ガルシア

優勝おめでとう!! 本当に凄かったね!

あの頃のやんちゃでラテン系の君が目に浮かぶよ。

そうそう君がグリーンジャケットの下に着ていたのが、adidasのウェアだったね。

今うちの会社もadidas社と組んで、adidasスーツを売っている。これが君のドライバーみたいにビッグヒットになってる!

君も頑張っているけど、僕も頑張っているだろう?(笑)

今度ぜひ着てもらいたいね、多分君にぴったりだと思う。本当におめでとう!

ボケの力2

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先日たまたまテレビを見ていたら、古舘アナと宮根アナが共演していた。非常に面白い番組だった。番組は二人のおしゃべり対決を柱に進められていた。

以前より古館アナを当代随一のしゃべりの天才と評価していた僕は(彼の報道ステーション以前のしゃべりを一度見てもらいたい。本当に、新しく広辞苑が一冊作れる位、次から次へと、的確な造語を機関銃のように繰り出される。誰もまねできない。)この天才古舘伊知郎に勝てる相手はいない、当然この対決も古館アナの圧勝と思っていた。

しかし、この対決、古館アナと同等あるいはそれ以上に場の空気を支配していたのは、宮根アナだった。

番組は、交互に自分の選んだしゃべりのうまい芸人、政治家などを紹介していく。

古館アナは、紹介において有り余る才能をフルに発揮して、まさに立て板に水の如く言葉の洪水を作っていく。時には、落語家の口調で、時には田中角栄の物まねで。まさに関東の芸人のような美しいしゃべりであった。

一方、宮根アナは、スピード、言葉数などは、古館アナに及ばない、しかし声の強弱、真の取り方、そして極めつけはシュールともいえる誰も思いつかないような表現、それでいて、情景が目に浮かべ思わず吹き出す天才ボケ。

ああ、これは関東と関西の違いかと。非常に心に強く刺さった。

何度も言うが、アナウンサーとしてのしゃべりのうまさは古館アナの方が、何倍も上のような気がする。しかし、アナウンサーを超えた芸人、テレビという媒体でのつかみ方は、圧倒的に宮根アナが勝っていた気がした。

 

名人と芸人の差。

絵画で言うと、古館アナは、フェルメールであり、ダヴィンチ。誰が見ても上手い!と感心する。一方、宮根アナは、ゴッホであり、ピカソ。一見下手そうに見えて、一度見ると心を捉えて離さない。

 

さあここからである。

今の世の中、デジタル全盛である。IOT、デジタル家電。電化製品だけではなく、人間関係さえもだんだん白か黒かという感じになり。中間が無くなってきている。そんな中、白でも黒でもないのがジョークであり、ボケである。1+1=2でなくてもいい。田んぼの「田」でもいい。

地に働けば角が立つ。ぎすぎすした住みにくい世の中になればなるほど、ジョークや大阪弁のボケが必要となってくる。

 

大阪人あっぱれ!この関西のノリ、ボケ、これこそが、今、そしてこれからの日本人が、身に着けるべきスキルと思った。

 

今回の学び「黒(ブラック)か白(ホワイト)かを迫られた時、こう言いましょう!

「チョコは、あまり好きじゃないので、出来たらお酒でも!(大ぼけ1)」

「人生はオセロゲームじゃない、人生ゲームだ!(大ぼけ2)

ボケの力1

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 レーガン大統領が、暗殺未遂で狙撃された際、病院に運ばれる担架の上で「執刀医は、主党員じゃないだろうな?(レーガン大統領は、共和党ゆえ敵の民主党員だったら殺されるかも?という意味」)とジョークを飛ばした時には、「ここまでやるか!」とアメリカ人のジョーク魂に脱帽した。

皆さんも、ハリウッド映画で、最悪な状況にあってもジョークを発するヒーローを見たり、あるいはテレビのインタビューなどで一般人がマイクを向けられて、間髪置かずに小粋なジョークをかます場面をよく見たことがあるだろう。

これが日本人には難しい。街頭インタビューでも、政治家でも、正論だが面白くも何ともない返答が多い。最悪なのは、けんか腰にはけんか腰で返しより険悪な感じになる。
洒落の聞いた一言で一瞬にしてなごむ場面でも、さらに緊張を高めるような会話も多い。

ホント、日本人にはこの切り返しジョークは無理と思っていた。
だが、芸人ではなく一般人でもこの特殊技能をDNAとして身に着けている人達が存在することを知った。
これこそは、関西人である。というより、正確に言えば大阪人である。

続く
はじめまして! 治山です。 今回から、ブログというものに挑戦します。 「をとこ(男)もす(る)という日記というものを、社長もして心みむとて、するなり。」というか、 「つれづれなるままに・・。」という心情でしょうか。