熊本に行ってきた

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この度の震災において、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 

熊本に行ってきた。当社の店も大きな被害を受け、そのうち一店舗は全損となった。

しかし、今回の震災においてスタッフとご家族が全員無事であったことが何よりも嬉しいことであった。

震災の現場に行くたびに思う事であるが、報道されているのは事実のほんの一部であって生の姿は、その場に立って、そこの空気をすわないと分からない。

スタッフの1人が言った。「震度7は、地震と分からないんです。「ドーン」と最初ダンプか何かが突っ込んできたのかと思いました。何の予兆もない。怖くて怖くてしばらく動けませんでした。」

店に向かう途中で、小高い丘から街を見るとブルーシートが点在して見える。過去の震災の時もそうだったが、ブルーシートは震災の色だ。これを見ていると本当に心が締め付けられる。熊本の美しい風景が、ブルーで汚されている。この全てが一日も早く取り除けることを強く望んだ。

 

今回一番被害が大きかったのが、PSFAの店舗。

廃墟となっている店内に、防埃マスクとヘルメット姿で入った。

天井が落ち、蛍光灯も宙ぶらりん状態で、ガラスの破片が飛び散っている中、進んで行った。

ここには何度も来ている。行き慣れたはずの通路が、初めての建物の様に感じる。

目を覆いたくなくなるような様子を数限りなく通過した後に、いきなり自店が飛び込んできた。覚悟はしていたが信じられない光景であった。天井は崩れ落ち、壁と言う壁はほぼ破壊されて、その上に幾重にも重なった什器。そして無残にもガラスとほこりをかぶっている商品群。足の踏み場もない。

聞けば、最初の地震の時、店のスタッフはここに居たらしい。そこから逃げて無事だった。本当に奇跡であろう。よく無事で逃げてくれた!たまたま、幸運にも一週間前に年に二回の避難訓練があったらしい。その訓練が今回活きた。

彼らは、まだ余震が続く中、がれきの整理をしているという。「無事にいることが第一優先なので、無理をしないでくれ。」というと、「商品の処理だけは、店舗側に依頼されているので、もう少しで終わりますので、済ませます。」と笑顔で言う。危惧をしつつ、彼らの気持ちに胸が熱くなった。

 

 その他、震災直後は多くの店が閉まっていたが、安全が確認された店は営業を再開している。ただ、それぞれ震災の傷跡が生々しい。入口のガラスが壊れ、べニア板でとりあえずふさいでいる店、店内の天井が破壊されて一部囲いがしてある店、店内の破損個所をブルーシートで覆っている店。いずれも修復を待たずに再開している。

彼らに「もう少し落ち着いてからの方がいいのではないか?」と言っても、

「引き取りのお客様が困るといけませんので、また生活物資を買い求められるお客様も来店されますので。」一応に、被災された地域の方々に自分たちが出来る事で貢献したいと言った。

普段お題目の様になっている企業理念「お客様第一主義」の実践を見たようで、本当頭が下がった。

彼自身が、被災して苦労をしているだけに、何かしたいという気持ちが強いのだという。実際、何日もお風呂に入れなかったり、近くの銭湯も3時間待ち、奥さんの実家が危険なため2家族以上が狭いマンションで同居している者、余震の事に幼い子供が泣くという者、震災後しばらくは車で暮らしていたという者。その彼らが我々に「大丈夫です。ありがとうございます。」と笑顔を見せてくれる。

 

そして「救援物資、ありがとうございました。本当に助かりました。」と感謝の言葉を多く言われた。

今回震災があった直後、すぐに救援物資を届けた。まだ余震が続く中、本部と周辺の県のスタッフが被災した仲間たちを助けたいと自主的に動いて届けてくれた。

これまで、阪神大震災、新潟上越地震、東日本大震災を経験してきた我々の社員たちは、我々幹部が指示をする前に自主的に募金活動やボランティアを実行してくれる。

そんな彼らを見ていると本当に心が温かくなる。

東日本大震災の時に広まった言葉「絆」。こういった震災があるたびに、普段見えない「絆」の存在が見える化する。そして同時に人の心の「温」が顕在化する。

また現地の方々は、どんなに踏まれても傷ついても、前に進もうとする「強さ」を感じる。

 

帰りの熊本駅で次のような手書きボードを見た。

「感謝

熊本のことを気にかけ、励ましてくださった皆さま ありがとう。

水や救援物資を送ってくださった皆さま ありがとう。

余震の続く中、身の危険を顧みず、ライフラインの復旧にご尽力いただいた皆さま

ありがとう。

皆さまから頂いた力で、少しずつ熊本も

元気を取り戻します。

がまだせ 熊本!  」

 

「絆」「温」「強さ」をもらい、全力で支援していこうと帰路についた。

がまだす 熊本!


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たかみなは、やっぱりすごかった!

「リーダー論」(講談社)この本は、今年読んだ本の中で、間違いなくナンバーワンである。

そして僕は、たかみなを尊敬する。僕の年の半分ほどの彼女を尊敬する!

 

 任せることについて――「リーダーをやっていると、自分と同じ人が何人かいたらラクなのに、と考えてしまうことがあると思います。でも、それだと一個の案しか出てきませんよね。」だから「自分だけがやっちゃあいけない」と語る。

 

この本における彼女の「リーダー論」は、全編 圧倒的な自信と信念によって語られている。控えめに言いながらも気持ちがいい位、全て言い切っている。そこには一ミリの揺るぎもない。

その言葉に、僕は納得するしかない。反論は出来ない。なぜなら全ては、経験から来ているからだ。それらは単なる思いつきや、机に向かってペンを走らせた軽いのもではない。 10年かけて、彼女が自分自身の身体と精神を痛めつけて傷つけて、絞り出した血と汗のようなものである。

彼女の名刺代わりになった『「努力は必ず報われる」と私 高橋みなみは人生をもって証明します。』

これを我々は言えるだろうか?僕は言えない。しかも日本中の人々の目の前で宣言するとなれば、相当の覚悟が必要である。この言葉通り、彼女は、それをずっと実践してきた。そして多分これからも実践して行くだろう。

以前もブログに書いたかもしれないが、以前AKB48メージキャラクターに使っていた時に、生たかみなにあった事がある(CMの撮影時)。今でも強烈に覚えているのは、彼女の挨拶が尋常じゃないほど礼儀正しかったこと。「よろしくお願いします!」という90度に頭を下げて発した挨拶は、アイドルというより体育会に近い位。きちんとしていた。すごくすがすがしかった!ただ者じゃないと感じた。

 

この本を読んでいると、たかみなは、実在の少年漫画の(ヒロインではなく)ヒーローじゃないかと思う。自分を信じて、仲間を信じて、どんな困難な状況でも決してあきらめない。自分が常に先頭に立って、みんなを導いてそして努力を怠らない。

ドラゴンボールの悟空であり、昔読んだ、ちばあきおの「キャプテン」(集英社)のキャプテンたちを思い出す。(読んでいない方はぜひ!漫画史に残る名作です。)

そして偉大なリーダーもその去り際で、晩年を汚すことがある。彼女の最後の言葉も素晴らしい。「これからのAKB48を面白くするためには、私がいなくなったほうがいい。ここから変革を起こすには・・。私がいなくなること。このグループの未来をみんなに託すこと。それが総監督として私の最後の仕事だったんです。」

最後の総選挙は終わった。もっと早くこの本を読んでおけば、間違いなく彼女に票を投じていた。これからの彼女の人生に、一票投じたい!頑張れ、高橋みなみ!!

見たよ!」と自慢するには、遅くなったが、満を侍して、「スターウォーズ(フォースの覚醒)」を見た!

公開から遅れる事1か月、ようやく念願がかなった!

お蔭で直前に予約したにもかかわらず、ど真ん中の席で見られたし、フィギア付きドリンクも半額の500円で買う事が出来た!!(ラッキー!)

 

「スターウォーズ」シリーズは、特別な映画である。全作品、公開時に映画館で見ている。(同様の作品は、「バックトゥザフューチャー」と「レイダース」くらいで、「ジュラシック」や「ロッキー」「ターミネイター」「ダイハード」シリーズも途中で挫折した)

1977年の第一作の時は、中学生だったから、その間高校、大学、社会人、そして50過ぎのおっさんになった今でも映画館で見たい!と思わせるのは、「フォース」の力以外の何物でもない。(笑)

 

今回、第7作を見るにつけ、エピソード1から6まで全て見直した。我ながら偉い!(笑)

見終わって、素直に感動したことは、エピソード4(第一作)の完成度の高さ!初公開から40年たってCGや撮影技術が恐ろしく進化した今でも、全く古く感じないし、昔と同様にワクワクする。

一方、エピソード5,6は、1,2,3と比べると少し古臭く感じる。(もちろん、これはこれで最高に面白いだが)当時の最新の技術を余すところ無く使って作ったことは、よく分かる。しかしエピソード1,2,3のド迫力の前には、・・・である。しかし!エピソード4(第一作)は全く色あせない。

そこで分かったのは、「技術は色あせるが、本質は色あせない。」という当たり前の事。多分20年後、30年後はエピソード1,2,3も古く感じる時代が来るであろう。しかし4は永遠だと思った。本質は強い!例えて言えば、「流行のお菓子は、移り変わる。しかし、「赤福」「きびだんご」は永遠である。」といえる(笑)甘党の著者より(笑)


さて、「今回の7についての感想は?」問われればズバリ理屈抜きで面白かった。同時に「おかえり!」と言いたくなった。

1,2、3は大好きだが、どちらかといえば、暗いし重い。テーマがテーマだけにしょうがないが。それに比べ、4,5,6には、軽快さとワクワク感が勝っていた。

記憶に間違いがなければ、ルーカスが、第一作直後に、「人生で辛いことがあっても、映画館の中では、全てを忘れて楽しめる、そんな映画を作りたかった。」的なことを言っていたと思う。(記憶違いならすみません)それを実現したような映画だった。当時は、何回見たかを自慢し合っていた気がする。

4を引き継いだ5,6もトーンは一緒だった。そして、今回の7は、久しぶりに4,5,6のトーンに戻ってきた気がする。緊張感の中にも、ウィットやふっと息が抜けるところ、非常にグロテスクなんだけれど、どこか憎めないキャラクターも盛りだくさんで嬉しかった!

そして、お約束の宇宙戦闘シーン。これを見ると、ああ「スターウォーズ」が返ってきたと異常にテンションが上がる。戦闘シーンは今回が一番凄かった。技術革新のリアルさで、何度もおしっこをチビリそうになった(苦笑)特に「ミレミアム・ファルコン号」の戦闘シーン!思い入れが違う。

さらに今回、オールドファンにはたまらない懐かしのレギュラー陣の数々。30年ぶりに同窓会に来たような気がした。みんなの顔を見るたびに、「お互い年を取ったなぁ、そして人生いろんなことがあったなぁ」としみじみ思う。と同時に、かなり変貌した姿の中に、昔と変わらないところを探して、見つけて、凄く嬉しく思う。そんな同窓会が出来た!

ハンソロは、(昔からルークよりも破天荒なハンソロに憧れた!)何歳になっても相変わらずカッコ良かったし、チューバッカの叫びも懐かしすぎる!レイア姫も本当に30年ぶりくらいだったが、(実生活はいろいろと大変だったと聞いているが(笑))以前より魅力的な女性に変わったのが驚きだった。僕の趣味が変わった?(苦笑)

一方、C3PO,R2-D2の容姿はほぼ変わらない。人は年とともに成長し、変化していく、変わる事が人間の本質と気づかされた。

 

さて、気づきはまだ続く。

今回3Dで見た!「絶対3Dの方がいいだろう」と思って迷わず3Dにした。しかし、結論から言うと、その必要はなかった!この映画は、多分3Dだろうが2Dだろうが変わらない。2Dでも3Dと同じ体験ができる。それを40年くらい前から、実現している。恐るべきこと!だから、公開当時、他の映画と違ってあれだけ興奮したのだろう。

 

全てが良かったが、あえて言うと、今回一つだけ、残念な事があった。第四作(エピ1)から参入した我が子供は、「ここ数年の映画の中でベスト5!」とのたまっていたが、第一作(エピソード4)から見ている僕は、あの場面(ストーリー)だけは変えてほしかった。我々世代は、先ほど言ったように第一作のキャラクターには特別な思いがある、ストーリー展開上、しかたがないかもしれないが、次回あの勇志を見れないのは辛い。(どの場面かは、想像にお任せします。)


まだまだ書き尽くせないが、みなさんもそろそろグダグダブログに付き合うのも、辛くなってきたと思うので、最後に勝手な僕のスターウォーズ論をいわせてもらえば?

「スターウォーズとは何か?」超単純化すると「巨悪に立ち向かう冒険活劇」であり「家族愛と友情」の物語と思っている。

このテーマは映画の歴史において、繰り返し取り上げてきた鉄板中の鉄板であり、映画の面白い要素が全て入っていると思う。

今回も含めて、このテーマに沿った映画の醍醐味を、壮大なストーリーの下、巨額が金を使い、最新の技術を屈指し、全作品ワクワクさせてくれ続けているジョージ・ルーカス、今回のJJ・エブラハム監督、はじめ全てのスタッフに感謝である!

次回作まで、残り2年。次回作までこのブログも「スターウォーズ」を見習って「不易流行」で綴っていきます。皆様の楽しませられるかは、はなはだ疑問であるが・・。(苦笑)


「火花」を読んだ

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話題の「火花」を読んだ。

 

 (注)いつも通り、僕の読書紹介では(これから読む人の為に)内容にはほとんど触れません。まだ読んでない人が、ブログと読んで、「そうなの!面白そう!」と本を手に取ってもらえば嬉しいですし、すでに読んだ人は、共感や「こういう見方もあんだ!」と時間つぶしにしてもらえばと思っています。それくらいまあ、適当です(笑)

 

さて、この作品。

読書直後の感想として、これはまさしく「芥川賞受賞作」であって、「直木賞受賞作」ではないと思った。読む前までは、失礼ながら少し軽く見ていて、会話中心の軽く読み流せるストーリーものという感じを持っていた。しかし、しかし、実際は全く違っていた!

僕の勝手な解釈としては、「芥川賞」と「直木賞」の一つの易い違いは、我々がその本を読む時の速さの差と考える。「直木賞系」は、ストーリーを楽しむことを主として、ゴーカートのようにどんどん読み進む。一方、「芥川賞系」は、文章や表現そのもの、あるいは語間に含まれた深い意味を読む感じで、読み進みながらも時には読み返して、その分析や比喩に感動したりする。これは、散歩に近い感覚で、時には立ち止まって「道草」を繰りかえす。

さらに言うと、「直木賞系」は映像化しても十分面白いが、「芥川賞系」は総じて、その魅力は、半減する。その特異な表現は映像には出来ないからだ。

 

同時に、この作品はまさしく「プロの作品」であった。

常々思っている事だが、プロとアマチュアの差はとても大きい。ゴルフでも歌でも、絵画やお笑いでもそう。もちろん、作家にしても素人とプロの差は歴然とある。

分かり易い文章や、何も考えないでつらつらと読める文章は、ある程度素人でも書ける。実際、全く無名のブログや著名人のエッセイを読んでもとても優れて、面白いものもいっぱいある。

 ところがどっこい、長編、かつ純文学となれば、素人ではメッキがはがれる。もちろん僕は、プロの評論家ではないので、その差まで指摘できないが、違和感は、感じる。

先日、オークションハウスのオーナーに聞いた。

本物と偽物は、何かが違うらしい。「違いを説明しろ」と言われても、うまく出来ないほどの出来のいい偽物(笑)であっても、確信的な違和感を感じるらしい。

実際に、彼とスタッフが、ある著名コレクターのコレクションの鑑定を頼まれたとき、連作のある一点の画家のサインが左右反対向きに書かれていた!あり得ないミスであるが、これは本物の絵のネガをさかさまに見ながら描いたために起こったという。それが無ければタッチにしても構図等にしてもまさに本物的だったらしい。

ただ、彼が鑑定している間中、ずっと何か違和感を感じていたとのこと。結局そのシリーズ全体が偽物であった。

 

話を元に戻すと、この「火花」は、まぎれもなく本物だった。

小説でありながら、真正面からお笑い論、芸人論を展開していて、しかもその分析は、鋭い。小林秀雄というより中上健二的な、決して難解ではないが、誰も指摘しなかった切り口でこの分野を切り込んで、その本質をえぐりだしている。そこには、ボケや茶化しはない。相方もいない。ひたすら、自分一人で「お笑いとはなんや?」と問い続け、一番深い部分に近づこうとしている。真摯なガチンコな突込み連打である。山田詠美さん(芥川賞選考委員)の選評にあったように「どうしても、書かざるを得ない切実なものが迫ってくる」ということが正解であろう。

 

この「火花」では、会話の部分は少ない。会話に逃げていない。会話をつなげてストーリーを作っていく方が、漫才のネタ作りをしている又吉さんにとっては、簡単だったと思うが、この作品では、会話を必要不可欠なレベルまで削って、それがないと物語が成立しないギリギリに留めている。その一方で、「お笑い論」「芸人論」になると途端に饒舌となる。

心情や背景に対する表現も、相当練られている。村上春樹や阿部公房のように、今まで誰も使ったことがない、こんな面白い表現の使い方があったの?という個所が随所にあって、「読書の道草」をとても楽しめた。

 

とにかく、ストーリーも面白く、そして「ディテール」も楽しめる。「一粒で二度も三度も美味しい作品」として、ぜひお勧めです!

 

この話(「火花」ではなく、ブログの話)には、後日談があって、先日 なま又吉さん、綾部さんにお会いする機会があった。なま又吉さんは、人見知りでテレビの印象そのものだし、一方綾部さんは、非常に社交的で誰でも打ち解け、親しくなれるキャラだった。この最高のコンビが、ひとたび漫才をしだすと笑いの火花を散らす。

 

今回、この2人に当社の新商品「普段着としても着られるスーツ」と、お陰様で大ヒットしている「ストレス対策スーツ」の広告についてのご協力を戴いた。

これらの商品は「火花」に例えると、全てのディテールに徹底的に凝り、時間をかけて開発した。また、一着スーツで、仕事でも遊びでも着られる一粒で2度、3度美味しい。そのネーミングを本家本元の又吉さんと綾部さんにお願いし、「MYスーツ」(毎日着られる、わがままスーツのMYをとった)と名付けてくれた。

 

又吉さんにあやかって、「火花」のように大ヒットして、業界を覆すようなインパクトを起こせれば、最高である。「火花」から転じて、大きな「花火」になればと思っている!

志の輔 落語3

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さあみなさん、これで終わりと思ってませんか?

そこのお客様!まだ帰えっちゃあだめですよ!

 

ここからが名探偵コナンで言うと、毛利小五郎がコナンに眠らされた場面であり、ベートベンの第五「運命」でいうと第4楽章が始まるころ。つまり一番おいしい場面、感動のクライマックスの始まり、始まりです。

 

さて、実は、忠敬は2度死んでいる。そんなあほな、そんなん出来るのは、007と、キリストくらい!さすが偉人は違うなぁと感心している場合では、ないない。

でも、二度死んでいる。二度寝とちゃいまっせ(笑)(どんどん、文章が荒れてすみません。正直、長い文章を書くのに、飽きかかってます(笑))

聞いている方はもっと飽きるよね。これを飽きさせない、志の輔のすごさが分かる!


忠敬が死んだのは73の時、そして3年後。死して3年、弟子たちが隠しに隠した!

そこには深い理由があったんです。

何年か前に、年金欲しさに親の死を隠す事件がありましたが、もちろんそんなせこい理由ではない。弟子たちは、完成した地図をどうしても「伊能忠敬」の地図として後世に残したかった。そのためには、忠敬の死を隠す必要があった!

地図が完成して将軍に報告する時、忠敬がいなければ、この偉業は、弟子たちのものとなる。弟子たちはこれを良しとせず、忠敬の偉業として歴史に残したかった。なんと美しい師弟愛。そのため、完成まで死んだことを隠すことにした。もちろん、ばれれば全員打ち首、切腹。しかし、弟子たちはそれを選択したんですな。

3年間。壮大な資料だったんです。測量はすべて終えていたが、地球の丸さと平面の地図の誤差を一つ一つ計算直して、地図を作る。現代であれば、コンピューターで一瞬であろうが、当時はそれに3年も。隠しているみんなは、いのう痛くなるような(ちょっと苦しい)3年だったと思います。

その結果、今 伊藤忠敬とその弟子たちの偉業は、歴史の大きな1ページとして残ることになった!

まっぱれ!MAPぱれ!(さらに苦しい(苦笑))

 

さて、元に戻るとこの話を、笑と涙と感動で約1時間30分、たった一人の男、志の輔さんが演じ切るのである。忠敬17年、志の輔20年 途中何度も、忠敬と志の輔が重なって見えた。

 

今回、この二人によって、教えられたことは、

1.何歳になってもスタートできる

2.大きな目標をもつ、夢は見るものではなく、かなえるものである

3.あきらめない情熱が大きな偉業を達成する

4.そして、夢は自分一人ではなく、大勢の仲間がいて達成できる

 

年の初めにこの落語を聞いて、改めて、今年の目標と大きな夢を抱いた!今年一年、この教えを胸に刻んで夢に向かって挑戦してみよう!試みしてみよう!

挑戦した人、ためした人だけが、夢をかなえられると信じて。

今年一年、「ためしてガッテン!」

おあとがよろしいようで。

志の輔 落語2

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最後のお題目が、「伊能忠敬もの」

この話において、志の輔さんと伊能忠敬の偉大さが完全にシンクロして、笑いの中にも深い感動を覚えた。

以下勝手に高座調で・・。

 

えー、ごぞんじ伊能忠敬は、千葉に生まれて若いころから神童と呼ばれてたんですね。

17の時に、才能を見込まれて、商家の養子となる。ところがどっこい、行った先は、シンダイが傾きかけたひどい状態。それでも、忠敬は、持ち前のまじめな性格と才能をいかんなく発揮し、立派に立て直すことに成功するのであります。あっぱれ伊能忠敬!

商売も順調、家内安全、合格祈願(これは関係ないか(笑))、と思われた矢先、大きな事件が起きます。

さて、実は忠敬の性格等について、詳しい記述はほとんど残ってません。しかしこの一つのエピソードを聞くと、「ああ、すごい人だったんだなぁ」と思わずにはいられない。

そんな事件が起こったのが・・。(ここで、三味線でも入れば最高)忠敬、38の時。時は江戸後期。この年、江戸の四大飢饉と呼ばれる天明の大飢饉が起こる。日本中ひどい有様で、貧しい農家の娘は一家を支えるために売りに出され、ひどいところは食べるものがなくなって、人が人を喰らう事もあったとかなかったとか。それくらいひどい飢饉だった。

ここで立ちあがったのが、何を隠そう我らが真田丸!ではなく、忠敬!(笑)

日本中がこんな中に合って、忠敬がいた村は、なんと一人の餓死者も出さずにしのいだのでした!

何があったのか!そう、忠敬は、飢饉が起こるや否や、蓄えた私財の全て、米一粒、酒一滴にいたるまで、村の人に解放して、村を飢饉から救った。えらい!鬼平!(だから鬼平ではなく、忠敬!とまたも一人つっこみ!)私腹をこやす、どこぞの国のお偉さんに聞かせてやりたい!と談志ならいうでしょうが(笑)

 

それから10年、真面目に商売を続け、49の時に、若い人の邪魔になっては、と隠居を決意いたします。当時49歳。

はやい!わたしの年では、すでに隠居である(苦笑)日本の偉い先生方も、ほぼ全員隠居である。(だから、談志はいいって!(笑)

 

さあ、その後 忠敬はどうなったのか?

楽隠居? いえいえ、彼の名を歴史に残した偉業は、ここから始まり始まり!

 

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隠居後、すぐに当時天文学者として名高い江戸の高橋至時先生のもとに弟子入り。ここらへんが、並みの隠居人とは違う。例えて言うなら、ちょっと古いけど、ロナルド・レーガン。役者の時より、大統領で歴史に残った!さて、古館一郎は今後どうなるんでしょうか?(そんなことはどうでもいい!)

忠敬49、師匠は31。20ちかくも年下の先生に弟子入りしたことになる。

至時は、困ったでしょうな。スマップがいきなりキスマイに弟子入りしたようなもの。(例えばへんですんません)

 

ところがどっこい、「金持ちの道楽か」とタカをくくっていた至時も忠敬のその熱心さに恐れ入って、逆に先生と呼ぶようになるんですな、これが。やっぱりすごい人はどこに行ってもすごい。

 

そんでもって本格的に天文学を学び、満をじして55の時、全国測量の旅に出る。

以来73で亡くなるまで17年間歩き続ける。まさに歩きづづけた生涯であります!

その距離、5000万歩 地球一周と同じ距離。世界初、地球を歩いた男。伊能忠敬、その器は、地球をも越える!という感じであります!

 

みなさん、わかってらっしゃると思うが、これは大変なことです!

どうです?自宅から会社まで歩いたとして。電車通勤に1時間くらいかかっている人でも、せいぜい20キロ程度。

それの2000倍。一日20キロとしても、約6年間歩き続け。それもただ歩くだけではなくて、測量しながら歩く。そのすごさは、忠敬の作った地図は、いまのグーグルのマップと、ほとんど誤差ないというから改めて驚く!グーグルがのどから手が出るほど欲しい人材である(これは、ちょっと違う(笑))

さらに、忠敬は正しく測るためにいろんな工夫をした。そのひとつが、歩幅、ただ歩いて常に一定の歩幅というのは、やさしいものではないということは皆さんがよういにわかること。特異な歩き方をしないと一定はたもてない。苦労の末、見出したのがコンパス歩き!(コンパスは当時なかったが)

かなり歩幅を大きくして、コンパスのように歩かないと、歩幅はぶれる。変な歩き方で、当時絶対目を引いたと思いますよ。今だったら絶対勝手に撮られて「変な歩き方をしているおじいちゃんがいる!」と投稿されたかもしれない。

そんな話は、どうでもよくて、これをマスターするには体力と忍耐がいる。隠居の忠敬は鬼の執念で、ついにマスターする。全然隠居してないやん!

記録によると歩幅、約70センチ。股関節を最大に広げて歩いたようで、これはどう考えてもキツイ、丁度キャディが、歩幅1ヤードで距離を測る、まさにあれ!良くお世話になるが、見ているだけきつそうだが、それで地球一周?人間業ではない。ましてや、60や70のおじいちゃんが。

さらに、今でも海岸線を歩くとなると(日本列島の輪郭をつくるわけなんで、当然海岸線である)正直、崖があったり、密林など、歩けない。ドローンはないし、どうやったのか、感動を越えて奇跡というしかありません!

 

さてさて、ここまで長々としゃべってきたが、忠敬は何をしたかったのかといいますと、

地球の大きさを測りたかったようです。なんだ、それっなの?とドラえもんにお願いするか、ドロリアンでも乗って教えてあげたかった。

それなら、こんなに苦労しなくてもよかったのに、と思う訳であります!

 

そして73歳。死ぬまで歩き続けた忠敬はその生涯を閉じます。

 

最終章に続く。

志の輔 落語

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年明け早々、嬉しいことがあった。

先日、パルコ劇場にて「志の輔 落語」を聞いた。年明け恒例の行事で、もう20年もやっているらしい。ひとえに20年間といっても、大変な時間である。落語は、自分一人、体調が崩れたり、カゼになってさえもしゃべれない。

実は、今回僕は初めての鑑賞だった。

志の輔さんの落語には以前から興味があったが、そのチケットは「蒸発チケット」として名高い。売り出すと瞬時に完売する。というわけで、CDでいくつかは聴いたことがあったが、ナマで聴くのは今回が初めてであった。

ちなみに僕のお勧めは、「しじみ売り」。鼠小僧の話をモチーフにして、これは泣ける!人情話の頂点といえる語りではないかと思う。ぜひ聞いてみてください!

 

話を元に戻すと、今年、渋谷パルコ劇場建替えとなり、今回が当劇場での最後の講演となるとのこと。つまり僕は最初で最後となった。

 

では、初のナマ志の輔さん!どうであったか?

とにかくうまい!寄席の会場としては決して狭くない場の超満員の客が、一瞬で吸い込まれる。彼の一挙一動、一言ももらすまいと、まるで熱狂的なスターウォーズファンが、今回のエピソード7を、充血した目でガンミしている感じであり(そんな人はいないけど(笑))、あるいは、やっと手に入った純米大吟醸「十四代 龍月」を最後の一滴まで、舐めるようにし飲み干すような感じである。(こういう人は、いそうである(笑))

 

さらに、話しが進むごとに会場は、巨大なオーケストラ化していき、(以前志の輔さんの落語で、「第九」を扱った作品(歓喜の歌)があったが)志の輔さんの指揮のもと、全員で一つの曲を演じているような、会場全体が一体となり盛り上がっていく。

サッカーか、ラグビーの競技場に来ているようである。

 

驚いたのは、3時間ほどの舞台を一人でこなす。時間はあっという間というより、「ハハハ」と笑っている間に過ぎ、いよいよ最後のお題目となった。

 

つづく。

「そしてフィニッシュ」

  最後の難関、高低差が全コースで一番大きい児島大橋を抜けて、いつもの練習場、旭川河川敷に来た。

気が付くと、ゴールが意識できるところ37キロくらい。有難いことに、練習で43キロ走った時とは全く違う。足もまだまだ軽い。今回、運よくばてるということはなかったのは、緊張感と適度な給水が良かったと思う。アドバイス通り、全ての給水所でポカリをもらった。バナナも食べた。きびだんごも食べた。一つだけ「小豆島ラーメン」があったがラーメンフェスタのように長蛇の列だったのやめた。みんな走りより食い気?(笑)

  今、振り返ると「ランナーズハイ」と言ったものだったか分からないが、最後のバテ防止に、35キロを過ぎたころから、「サムディ」(佐野元春)と「イマジン」を交互に聞いた。 「サムディ」は文字通り、心が躍る!聞いてるうちに自分が何でもできる気がして、ここまで30キロ以上も走ってきた疲れなどふっとんで、まるで空港などの歩く歩道を早足で進んでいるように足が出ていく。もう葉っぱが落ちた桜並木を「サムディ」の鼻歌を歌いながら、どんどん過ぎ去っていった。すごく気分爽快な時間だった。

 

一方イマジンを聞くとさらに不思議な感覚になった。イマジンを聞きながら走っていると何度もゾーンに入る感覚があった。

イマジンを少しかき消すような沿道の声援が、急に消えて、頭の中にはジョンレノンの声しか聞こえなくなる。それに合わせるように彼らの動きがスローモーションに見える。手の振りも、口に手を当てて応援する姿も、そして一生懸命振る旗さえも・・。

スローモーションの観衆とイマジンのBGMの中、自分があたかも映画の主人公になった如く、一歩ずつ大地をけって走っていく。今までも走りを振り返るように、そして自分の人生を振り返るように、時間も周りの景色もゆっくりゆっくり過ぎ去っていく。

子供のころ見た映画「マイウェイ」を思い出した。

こんな経験は二度と出来ないであろう。そして、これが体験できただけでも、今回走った価値があった。

  最後の1キロ 最後のカーブを曲がるところに、「はるやま」応援チームがいた。なんの事前予告のないまま、こっちが赤面する位、ファイトの文字や、僕の顔写真、そしてはるやまのロゴマーク。否が応でも目に飛び込んできた!社員が大きな声で「社長1社長!」と声援を送る。照れながら手を振るのがやっとだった。有難く、そして恥ずかしい。そして、それを過ぎると家族の姿も見えた。ゴールは近い!

  ついにスタジアム。いつもファジアーノ(地元のF2チーム)を応援しているグランドを自分が走っている。客席には大勢の観客。スクリーンには自分たちの姿。ここでも照れくさい。しかし少しでも長くこの時間が続けばと思った。

  そして、ゴール。身体よ、よくもってくれた!ありがとう、ありがとう!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ゴール後 追記」

  仮装した人が、完走できない?いやいや、ゴールにはカエルだの、クマだのいる。桃太郎と鬼とラムちゃん(これも鬼?)が抱き合って喜んでいる。AUの宣伝のように(笑)ふつうじゃない光景。

  ゴールには、盲目のランナーもいた。伴走者に手を携えてもらい走っている。人間どんなハンディキャプを追っても、ゴールは出来ることを実際に見せてもらった。

  ゴールをして、備前焼特製のメダルとタイム証明書をもらった(凄い、嬉しい)

主催者の方々(大体知り合い(笑))や、今回5キロ以上走った伊原木知事もいて、一緒に写真を撮った。

「噂では、聞いていたけど本当に走るとは思いませんでした。」そりょあそうやな(笑)

  ゴールをしてコース沿いを帰っているときに、のこり数キロのところで必死で走っているランナーたちを見た。ほんの数十分前の自分の姿。しかし、残り時間は5分。彼らは間に合わないだろう。ここまで来てゴールできない彼らの心境を思う。しかし、彼らは決してあきらめずに、最後の一秒まで頑張っている。思わず頑張れと声が出た。

 

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「今回 学んだ5つのこと」

1.「挑戦を想定内にすることで、心のつっかえ棒が持てる!」

エンターテーメント(観光、映画、音楽、本、絵画、などなど)は、一度経験するとその感動は、2度目、3度目となるごとに弱くなりがちである。いわゆるマイナスの方が大きいかもしれない。しかし、こと冒険、チャレンジに関しては、一度も経験した方が、圧倒的に有利と感じた。本番走る前に42キロ以上走ったことが、大きな自信となったし、最後の最後は、「自分は出来る!」という心のつっかえ棒になった。

2.「最悪を想定しておくと、そうでない時の心の余裕が生まれる!」

当日は、雨を想定してありとあらゆる対策をしていた。しかし、実際は曇り!最悪を予想していたら、そうならなかった時に、心の余裕が生まれることを学んだ。

これが逆で、ベストを予想して、そうならなかった時はそれだけで焦りが生まれる。

3.「何かを背負うと強くなれる!」

今回、「家族と会社と社員」の事を祈願して走った。これを祈願したことで、「自分の為に走る」から、「みんなの為に走る」に変わった。同時に途中で絶対やめるわけにはいかないと、より強くなれた。責任は、マイナスではなく、目的を達成するためのエネスギーとなる。

4.「練習でとことんまで追い込むと、本番が楽に、楽しめるようになる。」

知らぬが仏で、練習段階で本番より過酷な条件で、進めたことが本番楽になった。練習では失敗できる。だから、より厳しい条件でやって見るのもいいと思う。そうすると、本番が楽になり、楽しめるようになる。

5.「とにかく最後は、諦めない人がゴールできる。」

本文にも書いたが、

「ネバー、エバー、ギブアップ」(ダイアナ ナイアド)

「絶対あきらめない事。諦めなければ、最悪が最悪で終わらない。最悪の中の最良で終わる事も出来る。」(有森 裕子)

この二つの言葉に、支えられて走り切れた。

 

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「最後にみんなにお礼を!」

実はこのブログを書いたのも、助けて戴いた皆さんにお礼が言いたくて書きました。

その割には、前置きが長くなりました(反省)

振り返ると前回の富士山の時もそうだったが、今回の完走は、決して僕一人の力ではない!大変多くの人たちの支えてもらった。それをこの場を借りて心より感謝したい。

有難うございました!!

 

みんな、みんなありがとう!!

  スーツで走る!と宣言してから、ストレッチスーツに手を加えてくれて、とても走りやすくしてくれたメーカーさん、ならびに社員。お蔭で非常に快適に走れました!

  記事で今回の事を取り上げて出ざるを得ないような状況を作ってくれたライターの方

  走る事にいろんなアドバイスをくれたトライアスロン、マラソン経験の友人達

  ネットでアドバイスしてくれた取引先の会った事もないマラソン達人の方

  走り方のワンポイントアドバイスをくれたアシックスの方

  フェイテン商品を数多く送ってきてくれたファイテン社の皆さん

  前々日に、一緒に42.195キロのコースを下見してくれた社員

  前日、急きょ 雨の日対策にスーツとパンツを改善してくれた直しの社員

  「無理をせず、リタイアする勇気も大切です。」と本気で気遣ってくれた社員

  朝一に起きて、競技場まで来てスタート前の励ましをしてくれた社員

  沿道で温かく手がちぎれるほど、拍手で応援してくれた社員、

  これも夫婦で声を張り上げて応援してくれた社員

  「はるやま社長、はるやま社長」と これまた僕以上に興奮して応援してくれた社員

  (後から聞くと)静かに、そっと沿道で完走を祈ってくれていた社員、

  何時間も待ってくれて、一番きつい地点でコースに飛び出して(笑)大声で「社長あと10キロ!いける、いける!」と叫んでくれた社員――警備員に捕まるのではないかとこっちが心配した(笑)実際、後でかなり怒られたらしい(汗)

  「新店の開店で会場に行けないけれど、遠く離れた店でみんなで応援しています!」とメールをくれた社員

  当社のロゴと僕の顔写真の応援ボードを両手に、大応援団で応援してくれた社員――これは走っていて、こっちがおもわず赤面した。

  このわがままを、ずっと支えてくれた全スタッフ、そして家族

そのほか、みんな、みんな、みんな ありがとう! 

 

「試練は人を優しくする」と何かの本で書いてあったが、

この意味は「試練に陥った時に、いろんな人が助けてくれる。その結果、身に染みて他人の優しさに気づくからだ」と思う。

今回、本当に多くの優しさをもらった。今、僕は以前より少し優しくなれただろうか?

 

みなさん、本当に有難うございました! もう走りません!(笑)

最終記録(ネットタイム) 5時間1410秒  7058位 

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「私をマラソンに連れて行って!」

会場で歩いて15分くらいだが、とにかく何もかも初めて、会場にはスタートの約1時間前についた。本当に多くの人が集まってきている。バブル期のスキー場「私をスキーに連れていって」の世界(笑)を彷彿させるように、会場には色とりどりの衣装(ウェア)に身を包んだランナーが鮮やかに咲き乱れていた。

ランナーたちは、それぞれの姿勢でストレッチをしていた。やる気オーラが会場を包む。


僕もスタッフに荷物を預けて、軽くストレッチをして、スタート地点向かった。

今回、始めて知ったがスタートは、過去のタイムごとにスタートエリアが分かれていて、100M位の縦長となっている。

最後列のエリアの選手のスタートは、最初のエリアの選手より20分ほど遅れるとのこと。丁度、巨大駐車場から車が一台ずつ出ていくようなものである。そりゃないよ!

さらに今回は、全ての選手は最初の選手のスタート時点でタイムが始まる。ということは最後の方は、5時間40分で走らなければならない。涙!

前もって教えてもらったように、自分のエリアの最前列まで、まるで満員電車内で前に移動するように前にすすむ。僕もいいポジションが取れた。後はスタートを待つばかり。

 

20分ほど、知事をはじめ各人の挨拶がが続く。ランナーよりむしろ挨拶をする人の方が、興奮状態ぎみ(笑)

僕としては、とにかく早く出発さえてももらいたいの一心だった。

 

さて残り1分になり、時計を再チェック。脈拍は少し高く100弱。距離を正確に測れるようにスタートボタンを押した。

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「最初は満員電車」

 

号令と共に、いよいよスタート。確かに最初は渋滞の自動車の如く、走るというより歩く感じ。実際、最初の2キロくらいまでは、歩かされている感覚。丁度満員電車から押し出されて、改札に向かう一段のように、集団行動のように前に前に足を踏み出していく。ここではまだ走るという感覚はない。

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「やって見なきゃわからない、やればわかる」

 

このまま実況中継を続けていると、5時間以上かかるので(笑)

実際走って見て、心に刻まれたことを短く取り上げてみよう。

  「余裕なし」

よく24時間テレビを見て、ランナーはもっと沿道の人々に愛想よく手の一つでも振るべきじゃないの!と無責任に考えていたが、いざ自分が走ってみると正直とてもとてもそんな余裕がない。まずは、初心者は、沿道を見る余裕がない。沿道を見るには首を90度くらい、そちらに向けないといけないが、これがけっこうしんどい。

  「マイナスに一つ加えるとプラスに」

前日の雨でアスファルトがぬれていた。これが普段より走りやすい。道路がぬれている分だけ、足が滑るように前にでる。雨降って地固まる、マイナス「-」も考え方を1つ「Ⅰ」加えると、プラス「+」になる。関ジャニではないが「前向き、前向き!」

  「心拍数200」

15キロを過ぎたあたりで、ふと時計を見ると脈拍が200近くに上がっていた。マジで。特にしんどくないのに脈拍はえらく高い。時計が壊れているのかと思ったが、とにかくペースを大幅に下げてゆっくり走った。このまま200が続けば、絶対最後まで持たない。

140台まで持っていかないと。しかしゆっくり走っても深呼吸をしても、下がらない。

おかしい。次の給水所かトイレで呼吸を整えることにした。幸い、そこで立ち止まってポカリを飲んだら130台まで下がった。これが後から考えると大きかったと思う。無理をしていたら確実にゴールはなかった

  「印象派」

少し高い丘から見下ろすと、前の一本道幅(20m位)いっぱいに走るランナーが、大きな川を描いた印象派の絵のように見える。様々な色の点の集合で、キラキラしている。それはまるでモネかスーラのタッチのようだった。

  「スーツはいいぞ」

正直、スーツでマラソンとは、僕自身もビビッていたが、走ってみると意外と快適である。本当に!前も開いているので、結構涼しいし、何より左右のポケットにアイポッドや飴など入れて取り出すのがとても楽!本当に売り出そうかなと思った(これは冗談!)

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  「みんなでマラソンを楽しもう!」

事前の参加要項では、「仮装は禁止」とあったが、思いっきり仮装をしたランナーが多くいた。彼らは、決して害ではなく、すごくいい。我々走っているランナーもそれを見て、大いに和む。そして沿道の人も自然と笑顔になる。こういった仮装は大歓迎だろう。

ルパンの仮装には沿道から「ルパンがんばれ!」とか、岡山らしく桃太郎や頭に桃をつけ、おしりは破れて桃尻が見えるような笑える仮装のランナーもいた。

ハロウィンの日にマラソン大会があったら、どんなレースになるだろうかにやにやしながら走っていた。

  仮装の1人に、大阪「喰い道楽」の人形の仮装のランナーがいた。例の赤と白のストライプの衣装、帽子とメガネもあり。よく見ると65歳くらいのおじいちゃん。その衣装はどう見ても手作り。おばあちゃんが作ったのか?後半しんどそうにして、何度も立ち止まりながら、必死で完走目指していた。大阪にいてた時、何度も見て、なんか親近感がわく、なんとか頑張ってもらいたいと願った。

  一番印象に残ったのは、夫婦で伴走して走っているカップル。後ろから見ると「本日から夫婦です」という文字と半分ずつの大きなハートマークのイラストが見える。二人合わせて完璧なハートマークとなっている。初めての共同作業がケーキカットではなくマラソンとは、本当に人生はマラソンみたいなものを「じ」でいっている。

  正直走ってみると、20キロくらいまでは、知らないうちについている感じ。みんなと走っている。あるいは沿道の声援にあと押しされる。そして何よりも3~5キロごとの給水のお蔭だろう。練習で孤独で走っているより、全くスムーズに走れた。「マラソンもみんなで走れば怖くない」

  沿道の応援の姿も面白い。ドリンクや食べ物を持ってきて「食べて食べてと」知り合いのランナーに「なんでも好きなこと言って!」という人もいた。

  「一転 野戦病院」

20キロを過ぎた時点から、道に足を投げ出して足首とか、ふくらはぎなどをストレッチする選手が急に多くなる。みんな険しい顔をしている。「どうにか足動いてよ!」と問いかけるような人もいた。

  そして、25キロ位を過ぎた時点で、救急隊に保護されている人や、担架で運ばれる人が出てくる。救急車も23回見た。運ばれている人たちに意識はない。改めて、過酷なレースということで身が引き締まる。

  40キロの地点で、ボロボロになり救急隊に解放されている人を見る。その横で友人のランナーが、「なんとかゴールさせてあげて!」と涙声で訴えている。

  脚は最後まで、ほとんど痛くならずにもってくれた。途中すこし足の甲が痛むことがあったが「気のせい」にした。また、最後の最後はポーチの中のエアーサロンパスが保険となった。備えあれば憂いなし。備えは、それを使う時よりも、使わない間の余裕をもたらす効果の方が高い。

  自分よりもっとシンドイ人を考えるともっと頑張れる。僕の場合は、少し苦しくなった時は、本当に前日の「ダイアナ」が支えになった。

(つづく)

「前日」

 

朝一で、スタート会場にゼッケンとその他の書類をもらいに行く。県外からも非常に多くの人が来ていた。会場はお祭りのようになっていて、否が応でも気分は高ぶる。選挙の投票に行ったみたいに、簡単に手続きはすんだ。そのあとお店に、小売業は土曜日にも店は開いてる(苦笑)普通通りに仕事をして、家に7時過ぎに家に帰った。

 

今日は、一つ無理を言った。明日は100%で雨らしい、その服装について、いろいろと調べて迷ったが、チョッキ型のカッパに下は、そのままで走る事にした。そのためにパンツをもっとタイトにしないと雨にぬれると、重くゆるゆるになる。そこでお店の直しのスタッフに無理を言って、かなりタイトにしてもらった。さらにえりにも雨対策で一工夫をしてもらった。忙しい中、スタッフの人が精魂込めて直しをしてもらった。ありがとう。

 

家に帰る。明日は8時45分スタート!

しかし、会場には1時間前に入る予定。6時起きる事にした。逆算して、しっかり睡眠をとるため11時にねることを心がける。

しかし、ゼッケン付けや明日の用意などあれこれある。もっと早くしておけばよかった!ポーチに入れる物もベスト型カッパ(いままで見たことないがマラソンではメジャー)、手袋(100円ショップ)等 完全雨対策の用意をした。

そして、今回のとっておき!自分の気持ちを高めるために、FDNYの帽子を用意した。

FDNY(ニューヨーク市の消防署の帽子)知っている人は知っていると思うが、例の世界貿易センターのテロの時に、彼らが身体をはって被害者を助けた。崩れ落ちるビルの中にも勇敢に突入し、何人もの命を救った。もちろん彼ら自身の犠牲者も多く出た。この帽子はそこから無事脱出した人から記念としてお土産でもらった物。(もちろんレプリカだが)いままで、飾って一度も使用しなかったが、これほどふさわしい場面はないだろうと、今回かぶる事にした。勇気をくれて、さらに僕の命も守ってくれるだろう。

 

晩御飯は、炭水化物祭り!!ここ数日間、友人のアドバイスによって「炭水化物絶ち」をしていた。ライザップみたい。その炭水化物が干からびていた身体が、スポンジが吸収する。昨日から炭水化物過剰摂取。今日も、カレーの大盛りを食べた。さらにマカロニサラダの援護射撃。とにかく太るための食事に徹した。ライザップから関取食!「ごっつあんです!!」

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「前日、やって良かったこと 3つ!」

 

1. 前日下見をした際、気づいた事だが、沿道の観衆が途切れそうな期間が結構あった。

(実際はほとんど途切れなかったが)この孤独との闘いのため、「サムディ」をアイパッドに同期した。普段は、前記のように短い音楽は聴かない。しかし今回は、なぜかサムディを聴きたくなった。

 

2.録画しておいたTED(スーパープレゼンテーション)の番組を見た。

モチベーションが上がりそうなやつを選ぶ。「ダイアナ ナイアド」アメリカ人女性!

ビンゴ!!まさに彼女にエネルギーをもらった。(見ていない人はぜひユーチューブでもみて下さい、素晴らしいです!)

彼女は、64歳で54時間(なんと2日以上)休むことなく、キューバからフロリダの100キロ以上の距離を泳ぎ切った女性。60歳から毎年チャレンジして、何度も命を落とそうになりながら、チャレンジを繰り返し、そしてついに達成した!彼女が何度も叫び続けた言葉が「ネバー、エバー、ギブアップ」彼女が言うだけに、説得力がある。

 

3.これも前日、たまたまラジオで明日のマラソンについて有森裕子さんがしゃべっていた言葉。彼女は岡山が生んだスーパースター。何度かお会いして事があるけれど、彼女の強さは群を抜いている。

今回の岡山マラソンの企画者の1人であり、明日もフルを走るという。その彼女が明日のランナーに向けて話した言葉。アナウンサーの質問に答えて、アドリブのようにしゃべった言葉だったが、この言葉は一生忘れられない。

「あきらめたらそこで終わりです。最悪の状態でもあきらめなかったら、最悪の最悪状態は避けられるんです。そうすると、最悪の中の最善は狙える。

最悪なのは、最悪の時に諦める事。とにかく最悪でもあきらめなければ、道は開ける」この言葉も、2度のオリンピックで最悪の状態から二つのメダルを取った彼女だから心にずしんと響いた。

「明日は絶対あきらめない、たとえ足がちぎれようが」という気持ちが出来た。

 

こんな、モチベーションをマックスにして、熟睡した!

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『いよいよ本番!』

 

ぐっすり寝て、6時に目が覚めた!

とくに緊張もない。むしろワクワク感の方が勝っていた。昨日のモチベーション2連発が聞いたかもしれない。新店のオープンやゴルフに行く時に近い?

 

「ラッキー!」朝起きて、一番に思った事。

カーテンを開けて、外を見るとなんと雨が降っていない!

神様 有難う!

天候は、3日か前から何と降水確率100%!「50年間 晴れ男!」を自称してきたが、今回ばかりは「ちょっと難しいな。」と思っていた。

この天気だと、前日から雨対策を徹底的にネットで調べ、準備したのが無駄になる。普段から社内で「無駄な仕事はやめよう!」言っているのに、今回ばかりは、無駄になった事に感謝!「世の中には無駄が活きることも有る!」という事を知る。

 

朝食は、前から決めてあった「赤福」と「牛乳」これが又うまい。アミノサプリも。

赤福は、マラソンをやっている友人に進められた。赤福は隠れたスタミナ食らしい。お伊勢参りの単なるお土産ではなく、お伊勢参りで疲れた身体にエネルギーを補充するという役目もあったと聞いた。

そして、徹底的に足にテーピングをした。ファイテンテーピング!

アキレスけん、ふくらはぎ、膝、そして腿(もも)の裏など、重傷人さながらのテープをまきまくった。

ーチの中味は、出来るだけ減らそうとするが、(今までポーチで走ったことがない)湿布とエアーサロンパス、アプリ飴、テッシュ、そして、ウィダーINチャージは抜けない。あとカッパ。結構重い(涙)

そして軽いけど一番重たいもの。どうせ走るなら何かを祈願しようと「家内安全、商売繁盛、全スタッフの幸福」を一枚の紙に書いた。それをお守りのようにして、ポーチに入れた。これでよし!

(つづく)

はじめまして! 治山です。 今回から、ブログというものに挑戦します。 「をとこ(男)もす(る)という日記というものを、社長もして心みむとて、するなり。」というか、 「つれづれなるままに・・。」という心情でしょうか。